法のくすり箱
Q、恥ずかしい話ですが、先日、大学生の息子が、夜中に、思いを寄せているご近所の女性宅の開いていた窓から入り込み、室内にいたところ、その女性が帰宅して大騒ぎとなりました。息子は、物を盗んだわけでもないのですが、泥棒・強盗の類と錯覚した女性は、無抵抗の息子の顔面に無我夢中で花瓶を投げつけたのです。このため息子は鼻骨や前歯に負傷して血まみれとなりました。それでも息子はその女性によく謝罪して、警察沙汰にはならずにすみました。しかし数日後、その女性は、やはり気持ちがすまないので警察に訴えたいといってこられたのです。その女性から受けた息子の負傷もかなりのもので、まだ日夜苦しんでいるのを見るにつけ、やり切れない思いです。どう対処すればよいのでしょうか?
A、刑法では、「正当な理由がないのに、人の住居…に侵入し…た者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」(住居侵入罪、130条)と定められています。同様に未遂罪も罰せられることになっています(132条)。
あなたの息子さんの行為は、りっぱにこの住居侵入罪に該当するものです。すぐにでも、息子さんが警察に出向かれることをお勧めします。その女性から告訴される前に、自首して改悛の情を表すことが最善の方法です。こうした罪状で初犯の場合には、息子さんに強い反省の態度がみられ、かつ、自首してきたという事実が情状として評価されれば、事件がさらに取調べられて警察から検察庁へ送致されたとしても、不起訴処分となる公算が大きくなります。女性に訴えられてから出頭するのと、その前に自首するのでは、警察の事実上の待遇も違うことになります。1晩・2晩留め置かれることは覚悟で、さっそく警察に出頭されることです。
ところであなたの息子さんも女性からケガを負わされているとのことですが、この女性の行為には「盗犯等の防止及び処分に関する法律」という特別法の保護が適用され、女性が息子さんを負傷させた行為は、特例的に正当防衛として保護されることをご承知おき下さい。泥棒・強盗を防止しようとする場合や故なく他人の住居に侵入した者を排斥しようとする場合において、人の生命・身体または貞操に対する現在の危険を排除するために犯人を殺傷したときには(それが通常の正当防衛の場合のように「やむをえず」犯人を殺傷したというのでなかったとしても)、正当防衛として、殺したり傷つけたりした行為の違法性は問わないものとするのです(同法1条1項)。しかも、右のような場合には、人の生命・身体または貞操に対する現在の危険がなかったにもかかわらず、行為者が恐怖・驚愕・興奮等により現場で犯人を殺傷したときにも行為者を罰しないものとしています(同法1条2項)。
あなたが息子さんの受傷を悲しまれる気持ちもわかりますが、上記のとおり、法は特別法によってまで住居侵入を含む盗犯等への対応を強化しています。自業自得ということばを用いるのはまことに酷ですが、息子さんのケガについては、息子さんが誤って殺されていたとしても文句はいえないのです。女性に加害の責任を問うことはできません。むしろ、これを教訓に、息子さんが二度と軽率なことをされないようよく言い聞かせてください。息子さんからその女性に対して誠意をもって謝罪し、厳に再犯を戒める旨を誓約する必要があります。
盗犯ノ防止及処分ニ関スル法律<抜粋>
第1条〔正当防衛の特例〕 左ノ各号ノ場合ニ於テ自己又ハ他人ノ生命、身体又ハ貞操ニ対スル現在ノ危険ヲ排除スル為犯人ヲ殺傷シタルトキハ刑法第36条第1項ノ防衛行為アリタルモノトス
- 盗犯ヲ防止シ又ハ盗贓ヲ取還セントスルトキ
- 兇器ヲ携帯シテ又ハ門戸牆壁等ヲ踰越損壊シ若ハ鎖鑰ヲ開キテ人ノ住居又ハ人ノ看守スル邸宅、建造物若ハ船舶ニ侵入スル者ヲ防止セントスルトキ
- 故ナク人ノ住居又ハ人ノ看守スル邸宅、建造物若ハ船舶ニ侵入シタル者又ハ要求ヲ受ケテ此等ノ場所ヨリ退去セザル者ヲ排斥セントスルトキ
(2) 前項各号ノ場合ニ於テ自己又ハ他人ノ生命、身体又ハ貞操ニ対スル現在ノ危険アルニ非ズト雖モ行為者恐怖、驚愕、興奮又ハ狼狽ニ因リ現場ニ於テ犯人ヲ殺傷スルニ至リタルトキハ之ヲ罰セズ

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