法のくすり箱
Q、夫が家を出て消息を断ってから10年以上になります。その間、女手一つで子供を育て、先般ようやく皆独立しました。
実は教育費などで借金があり、この機会に夫名義の家と土地を処分して返済してしまいたいと思います。しかし夫は行方知れずですし、私が勝手にそんなことをしても許されるのでしょうか?
A、法的には、今のあなたの立場では、家と土地を勝手に処分することはできません。ただ現実には、実印や権利証を使ってご主人名義で家族が売却するようなことも行われているようです。
しかし、後々のトラブルを避けたいと思われるのなら、家庭裁判所に、あなたを財産管理人に選任してもらったうえで、不動産売却の許可を受けることです(民法25・28・103条、家事審判法9条)。申立ては、不在者の判明している最後の住所地(住民票のあるところ)を管轄する家庭裁判所で行います。家族として生活していく上での費用(衣食住・子供の養育費等々の日常家事債務)を捻出するためのやむを得ない事情ですから、おそらく不動産の売却も許可されると思われます。
さらに、もしあなたがこの際、同時に身辺を整理したいと思われるなら、きちんと離婚あるいは婚姻解消の手続きをすることもできます。
まず離婚手続きですが、相手の所在が不明の場合には、調停を経ずに裁判で離婚することができます。あなたの場合なら、「配偶者から悪意で遺棄された」あるいは「配偶者の生死が3年以上不明」の裁判上の離婚原因に該当します(民770条)。もっとも、離婚が成立したとしても、裁判所が財産分与に関しても判断しますので、ご主人名義の土地建物がすべてあなたのものになるのはむずかしいかもしれません。
次に婚姻の解消ですが、7年間生死不明の状態が続いた場合に、その不在者を死亡したとみなす「失踪宣告」という制度があります。ただ単に音信がないだけでどこかで生きているらしいという場合はだめで、あくまで生きているか死んでいるかも分からないときに認められるものです(民30条、家審9条)。
失踪宣告は利害関係人(この場合あなた)が、不在者の最後の住所地の家庭裁判所に申し立てることになります。申立書に必要事項を記入の上、申立人・不在者の戸籍謄本、失踪を証明する資料(戸籍の附票・捜索願いをしたことの証明や不在者の手紙等々)などを添えて提出します。
家裁は提出した資料をもとに、申立人の利害関係の有無や、生死不明の日からほんとうに7年間たっているかどうか、最後の住所地等の調査を行います。そして申立の内容が確認できれば、家裁の掲示板と官報に、一定の日にちまでに届出がない場合は失踪宣告をする旨の公告を行います(公示催告)。期間は最低6ヶ月、実務上8ヶ月後あたりの日が満了日とされています。
不在者本人や生死を知る第三者からの届出がなく期間が満了すれば、家裁は不在者に対し「失踪宣告」の審判をします。この審判は2週間後に確定しますので、確定した日から10日以内に、失踪届を失踪者の本籍地等の役場に届け出ます(審判謄本と確定証明書をつける、戸籍法94条)。
失踪宣告がなされると、最後に消息のあった日から7年目のその日にご主人は死亡したものとみなされ、さかのぼって相続が開始されます(民31条)。あなたの場合なら、あなたに2分の1、子供さん達が残る2分の1を分け合うことになります。
もし仮に、後になってご主人が生きていることが分かったときには、もちろん失踪宣告は取り消せます。その場合、土地建物など相続した権利は元どおりご主人に戻りますが、その前に善意でした行為(生存を知らずにした行為)や使ってしまった部分について返す必要はありません。つまり、不動産をすでに売却していたなら、売却そのものは有効ですし、売却金も現存している範囲で返せばよいのでご安心下さい(民32条)。
ところで、ご主人の生存が分かったときにあなたが再婚していることも考えられます。判例はありませんが、学説では、前のご主人との婚姻は無効で新しい婚姻だけが有効であるとの説が有力のようです。もし何よりも再婚を望まれるケースであれば、先に述べた裁判離婚を選ばれるほうが確実といえます。

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