法のくすり箱


.私はあるビルの一角の店舖兼用住宅を賃借して喫茶店を営業してくらしを立ててきました。ところが、突然このビルが競売され、落札者であるという人物Aが現れて立退きを申入れてきました。Aの話では、私がこのビルを借りたときすでにこのビルは抵当に入っていたので、私は立退きを迫られても仕方がないのだというのです。どうしても納得がいかないのですが、立退きはやむを得ないのでしょうか?

.すでに他人に貸している建物を、所有者が借金の担保としてそのまま抵当に入れることは、別に珍しいことではありません。そして借金が返済されないときには、競売が行われます(つまり抵当権の実行ということになります)。
 この場合、競売でその建物を取得した者(落札者)は、その建物の新しい家主になるだけのことで、それまでの賃借人を一方的に追い出すことはできません。建物の賃借人は、従来からの借家権(建物の賃借権)があることを、引き続き落札者(新家主)に主張することができます。このことは、建物が売却されて家主が新しくなった場合に、建物の賃借人が新しい家主に従来からの借家権を主張できることとまったく同様です。したがって上記の場合には、あなたは、なんら落札者の一方的な請求に応ずる必要はありません。
 ところがこれは、抵当権が設定される前にすでに建物賃貸借の契約がなされていた場合のことです。お尋ねのケースはこれと異なり、あなたが建物を賃借する前からその建物が抵当に入っていて、その抵当権が実行され(すなわち競売され)、落札者が新しい家主になったという事情です。
 じつは民法395条の規定により、抵当権の設定後の建物の賃貸借は、期間3年間の短期賃貸借としての効果しか認めないものとされているのです。したがって、法的には3年ごとの短期賃貸借が繰り返されて現在に至っているものと考えられ、その3年目の区切りがきたときに、新しい家主(落札者)が契約を更新しないといえば、立退かざるを得ないということになります。
 しかしあなたの納得できないお気持ちはよくわかります。あなたがこのビルの一角を賃借されたとき、あなたは短期賃貸借の契約となるなどとは夢にも考えず、普通一般の借家契約と考えられたことでしょう。賃貸借を仲介した不動産業者も、登記簿謄本を示して(または重要事項の説明として)このビルに抵当権が設定されていてその関係では短期賃貸借になる、などという説明をあなたにしたこともまずなかったでしょう。しかも、一般に、このように人びとが賃借しようとするビルに抵当権がついているというケースは、そう珍しくはないのです。
 ですからあなたとしては、単純にあきらめてしまわずに、第一に、自分は通常の借家契約を結んでいるのであり、正当な事由がない限り解約される覚えはないとつっぱることも方策のひとつです。たとえ落札者が明渡しの裁判をしてきても、あなたの右のような事情の下では、裁判所が、落札者があなたに明渡しを求めるに際して必要とされる正当事由を認めない可能性は十分あるものと考えます。
 また、10年間、通常の借家契約による建物賃貸借と考えて住んでこられたのならば、この建物の借家権を時効により善意取得したと主張することも考えられます(民法163条)。
 いずれにせよ、不動産競売は、いわゆる地上げ問題の多発する領域です。民法395条の解釈としても単純に割り切れない学問上の争いのあるところです。自分は悪くない、うっかりもしていないとお考えなら、その所信を貫かれることが、結局あなたの利益につながるものと考えます。必要ならあなたの意欲に関心をもつ専門家・弁護士の助言を求められることをお勧めします。
注意:競売には、判決などによって行われる強制競売と、抵当権の実行として行われる任意競売とがあり、この設問は、任意競売の場合のことです。]

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