
法のくすり箱
Q、先日、父が死亡しその相続財産を整理していると、父の所有する土地に売買予約の仮登記がなされていることが分かりました。数日後、Aから売買契約を成立させるから所有権移転登記手続に協力してほしい旨の内容証明が送られてきました。生前、父からこの土地をAに売ったという話は何も聞いていません。ただ、父は株式相場で大損をしてその穴埋めのためにAからお金を借りていたようです。私は、Aの要求に応じてこの土地の本登記手続に協力しなければならないのでしょうか?
A、これは、なかなか法律的に程度の高い問題です。ご理解いただけるかやや心配ですが、以下をお読み下さい。
売買予約というのは、主として買主が売買契約を成立させるか否かの決定権を留保した契約で、買主が買うことにしてこの旨の通知を売主にすると売買契約が成立するものです(民法556条2項)。そして不動産では、売買予約がなされると所有権の移転登記請求権を保全するための仮登記をすることができます(不動産登記法2条)。たとえば、@手付金を払った段階では仮登記をしておいて全額払ったときに本登記にするとか、A農地を買うときに農地法5条の許可(農地を宅地に転用する際などに都道府県知事の許可を得る)があるまでの間とりあえず仮登記をするなどの形で利用されます。この仮登記をしておくと、後に第3者に転売されて本登記がなされてしまっても、仮登記をした人が残金を払うなどして本登記をする条件を成立させれば、土地の所有権は仮登記後の本登記権利者に対しても優先して取得することができます。
ところが、現実には上の@・Aのような仮登記はさほど多くなく、昭和40年代までの大半の仮登記は貸金の担保としてなされています(仮登記担保)。つまり、貸金の担保として不動産に売買予約などを登記原因とする仮登記をし、借主が借入金などの返済をしない場合に貸主がその代わりに不動産を取得するしくみです。
このような仮登記担保が利用されるのは、債権者が貸金の多寡に関係なく担保目的物を丸取りすることができること、抵当権を設定した場合のような面倒な競売手続をしなくてすむことなど、債権者にとってメリットが多いからです。しかし、貸金の多寡にかかわらず目的物の丸取りを是認するのは、債務者の利益に欠けることになります。そのため、昭和40年代に債務者の利益を守る判例が多く生まれ、これらの判例に沿う形で「仮登記担保契約に関する法律(仮登記担保法)」が昭和53年に制定されました。この法律によって債務者の保護内容が明確にされました。
さてあなたの場合も、お父さんが株式相場で大損をしてAに多額の借金があることから考えると、お父さんはこの借金の担保のために売買予約の仮登記をしたものと思われます。それならば、この仮登記担保法が適用され、あなたやお父さんの利益保護が図られることになります。
すなわち、Aには清算義務があり(3条)、Aが売買契約を成立させるには、貸金額と返済額、さらには当該不動産の価額を明確にした清算金の見積額をあなたに通知しなければなりません。そして、この通知があなたに到達してから2ヶ月を経過しなければ所有権移転の効力は生じません(2条)。もちろんAは、土地の価額が残債務額を超えるときには、その差額を清算金としてあなたに支払わなければなりません(3条)。この清算金が支払われないなら、所有権移転登記に協力したり不動産を明渡す必要はありません。また逆に、Aがこの清算金の支払いをするまでに、あなたが残債務(元本と遅延損害金)をAに提供すれば土地を取り戻すこともできます(11条)。
とりあえず、Aからの清算金の見積額の通知があるまで待って、土地の評価額が適切であるかを検討し、さらに残債務の有無やその金額を調査した上で、債務をAに返済するかそれとも土地を渡して清算金を受領するか決めることになるでしょう。
また、Aが清算金の通知もなしに仮登記に基づく本登記手続請求の訴訟を提起してきたなら、あなたは、本件売買予約が仮登記担保契約である旨を主張して争うことです。この場合はお近くの法律事務所にご相談下さい。

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