
法のくすり箱
Q、私達は結婚してまだ3年にもならないのに、夫が急死し、妻の私と2歳の息子とが残されました。しかも夫はあちこちで多額の借金をしていたことがわかりました。しかし一方、夫は、私を受取人とする2000万円の生命保険に入ってくれていたのです。夫の借金は相続せずに、生命保険金だけを受取ることは可能でしょうか?
A、夫の残した借金は相続せずに、夫がかけてくれた生命保険金だけは受取る──夫に金を貸した債権者の側からみれば、ずいぶん勝手な話かもしれませんが、なんとそれは「可能」です。
このケースのように、生命保険の契約者(夫)が、保険会社に対し、保険金の受取人を妻に指定した場合には、受取人(妻)は、保険契約の成立と同時に、被保険者である契約者(夫)の死亡を条件とする保険金請求権を取得します。そして、契約者(夫)が現実に死亡したときには、受取人がその固有の権利として保険金を受取ることができるとされています。つまり、相続によって保険金が入るのではなく、相続財産とは一切関係なしに保険契約に基づく当然の効力として下りるのです(現在の通説判例)。
また、たとえ受取人の氏名を具体的に表示せずに「相続人」としか指定されていない場合でも、契約者の死亡時に相続人となった者が固有の権利として保険金を受取ることができます。相続人が複数いるときには、すべての相続人が相続の割合には関係なく人数割で平等に取得することになります。あなたの場合なら、あなたと子供さんが2分の1ずつ受取ることになるわけです。
さて、次に多額の負債への対応です。あなたの夫の場合は財産はなく借金しか残さなかったようですから、相続人であるあなたと子供さんは、さっそく家庭裁判所で相続の放棄の手続きをとるのが得策です。前述のように保険金はあなたが固有の権利として取得できるものであって、夫の相続財産には含まれませんから、たとえ相続を放棄しても保険金請求権にはなんら影響はありません。つまり、あなたは負債を引継ぐことなく保険金はすべて受取ることができるわけです。
未成年の子供さんの放棄は親権者であるあなたが代理することができます。さしあたり、家族の戸籍謄本と印鑑とを用意して家庭裁判所または法律事務所に出向けば手続きの相談にのってくれます。この相続の放棄は、夫が死亡したことを知った日から原則として3ヶ月以内に行わなければならないのでご注意下さい。せっかく生命保険金を受取っても、夫の多額の借金を相続する羽目になってはばかばかしいことになります。
なお、あなたと子供さんが相続を放棄すれば、お2人はその相続に関してははじめから相続人とならなかったとみなされます(民法939条)。そして今度は、夫の両親(もし亡くなっていれば夫の兄弟姉妹)が相続人という順番になります(889条)。この両親などは、あなた方の相続放棄によって今度は自分が相続人となるということを知ったときから、やはり3ヶ月以内に相続の放棄手続きをしなければ、あなたの夫の債務を相続することになります。ですから、できれば一緒に相続の放棄の手続きをとるように配慮することが望ましいでしょう。そしてこの親兄弟も相続放棄してしまえば、民法上相続人はなくなります。
最後に、もう1点注意してほしいのは、もし夫の借金が日常家事債務といわれるたぐいのもの(常識範囲の食料品や衣服の購入、家賃や光熱費の支払い、子供の養育費、家族が長期入院したための治療費など、家庭生活を維持していく上で必要に迫られたもののための借金)であれば、夫婦は連帯して責任を負わねばなりません(761条)。夫の死亡の有無にかかわらず、あなた自身にも返済の義務があるのです。ですから、あなたの場合も家族の生活費用に充てるための借金であれば、相続を放棄して免れることはできません。

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