A、まったく字が書けない場合や少しは字が書けても確実さを希望される向きには、公正証書遺言(民法969条)をおすすめします。これは遺言者が証人2人以上の立会いのもとに公証人に遺言の内容を述べてそれを筆記してもらい、その場で読み聞かせてもらって証人とともに内容の正確なことを確かめ、公証人とともに署名押印して作成する遺言です。法律の専門家である公証人が遺言の書き方・内容などにわたって相談にのってくれますし、遺言書の原本が公証役場で保管されるので、紛失や偽造の心配がありません。
手続きのポイントですが、(1)証人2人以上の立会があること、(2)お父さんが公証人に遺言の内容を口頭で述べること、(3)公証人がお父さんのいわれることを筆記してお父さんや証人らに読み聞かせること、(4)お父さんと証人らが内容を確認し、署名・押印(実印を用いる、印鑑証明も必要)すること[しかしお父さんのように署名することができないときは公証人がその事由を附記して署名にかえる]、(5)最後に公証人が、(1)〜(4)の方式に従ってつくったものであることを附記して署名・押印すること、です。
さて公正証書遺言をするためには、公証人のもとに出頭しなければなりませんが、お父さんが病気で動けないというケースでは公証人が出張してくれます。公証人役場に出かけて依頼することです。
ところで証人の資格は非常に厳格で、次の人は証人になれずもし証人にすると遺言が無効になってしまいます。すなわち(a)満20歳未満の未成年者、(b)禁治産者および準禁治産者、(c)推定相続人・受遺者(遺言で贈与を受ける者)とそれらの配偶者および直系血族、(d)公証人の配偶者や4親等内の親族さらに公証役場で働く書記および雇い人。あなたは上の(c)の推定相続人にあたり証人にはなれません。
あなたのお父さんが名前ぐらいは記入できるのであれば、あなたが代筆することにより秘密証書遺言という方式の遺言をつくることができます(民法970条)。この場合、代筆したあなたは遺言の内容を知るわけですから厳密には秘密とはいいかねるかもしれません。さてその手続きのポイントですが、[1]あなたの代筆した書面にお父さんが署名し印を押すこと、[2]お父さんが書面を封筒に入れて封をし[1]の印と同じ印で封印すること、[3]お父さんが公証人1人と証人2人の前に封書を提出し、自分の遺言書である旨および代筆したあなたの住所・氏名を申述すること、[4]公証人は封書の提出を受けた日付とお父さんの[3]の申述をその封筒に記載した後、公証人・お父さん・証人2人が封筒に署名し印を押すこと、です。なお、証人の資格は公正証書遺言と同じです。
秘密証書遺言の場合は、あなたが代筆した文字の加除・訂正はあなたではなくお父さんがしなければなりません。また遺言書を死後に開封するときには、「検認」といって、家庭裁判所で相続人の立会いのもとに調査確認する手続きが必要です(1004条)。その上、公証人の関与まで求められるのですから、同じ遺言の手間をかけるのならやはり公正証書遺言をおすすめします。
あなたのお父さんが、苦労してでも何とか字が書けるのであれば、自筆証書遺言(民法968条)といわれるふつうの遺言も可能です。この手続きは、(A)お父さんが遺言したい内容の全文を便箋かなにかの用紙に書き(自筆)、(B)その用紙の末尾に日付と氏名を自署して押印すればよいのです。(C)ただ文字の加除・訂正などの変更はその場所に押印し、別の場所に加除・訂正したことを附記することが必要です(まちがいやすいので書き損じのないようにするのが一番です)。
|
秘密証書遺言 | 公正証書遺言 | 自筆証書遺言 |
証 人 | 証人2人以上 | 証人2人以上 | 不 要 |
筆 者 | 証書は誰でもよい(遺言者が望ましい)。封筒は公証人 | 公証人(口述を筆記) | 遺言者 |
署名・押印 | 証書には遺言者、封筒には遺言者・証人・公証人 | 遺言者・証人・公証人 | 遺言者 |
秘密保持 | 遺言の存在は知られるが内容は分からない | 遺言の存在・内容まで知られてしまう | 遺言の存在・内容とも秘密にできる |
紛失・改変のおそれ | 少ない | ほとんどない | 多 い |
効力が問題となるおそれ | 証書には公証力が及ばないから、無効になるおそれがある | 無効になるおそれはほとんどない | 方式違反や内容不明で無効になるおそれがある |
検認手続き | 必 要 | 不 要 | 必 要 |
費 用 | 若干かかる(公証人の手数料・証人の費用) | かかる(公証人の手数料・証人の費用) | あまりかからない(検認・保管費用) |
なお遺言書については公証人のほか弁護士も相談にのってくれますし、さらに遺言を執行するときは遺言執行者にもなってくれます。また最近では、信託銀行が公正証書遺言を保管し執行する遺言信託を有料で手がけています。
〔ことば欄〕
☆公証人
法務大臣が任命し法務局に所属する公務員。金銭や土地・家屋の貸借、遺言などの公正証書を作成するのが仕事の中心。元裁判官や検事などがなり、法律にくわしい。全国主要都市に公証役場がある(300ヶ所余り)。
→文中へもどる
☆禁治産者
心神喪失の常況にあるために一定の者の請求により家庭裁判所から禁治産の宣告を受けた者。心神喪失の常況にあるとは、ときどきは本心を回復して意思能力をもつ状態にもどるが、だいたいにおいて心神喪失が通常の状態であること。
禁治産者には後見人が付され、その行為は後見人の同意を得る得ないにかかわらず常に取り消すことができる。ただし、婚姻・縁組・認知・遺言等は、意思能力を回復した状態であれば、禁治産者が単独でもできる。
→文中へもどる
☆推定相続人
民法では、とくに遺言がない限り相続人となるべき者が決められ(886条〜895条)、その相続分も定められている(法定相続、900条)。推定相続人とは、この法定相続を受けるはずの者、つまり現状において当然相続人となるであろう者をいう。
参考までに主な法定相続のケースを例示する(かっこ内は法定相続分)。
<配偶者がいる場合の法定相続>
a.子供がいるとき
b.子供がなく父母がいるとき
c.子供・父母ともなく兄弟姉妹がいるとき
<配偶者がない場合の法定相続>
a.子供がいるとき
b.子供がなく父母がいるとき
c.子供・父母ともなく兄弟姉妹がいるとき
なお、子供や兄弟姉妹が死亡していても、それらに子供が遺されていればその遺児に当該親の相続権が与えられる(代襲相続、887・889条)。
→文中へもどる