
法のくすり箱
Q、火災保険に入った建物を知人から買い受けたところ、その後、まもなく隣家よりの類焼により建物が焼失しました。保険会社に保険金の支払いを請求したところ、譲渡の通知をしなかったとの理由で保険金を支払ってくれません。クレームがつけられますか?
A、「買い受けた建物に火災保険がついている場合、遅滞なく保険会社にその旨を通知し、保険証券の裏書の請求をしなければ、会社は、それまでに発生した火事の責任を負わない。」火災保険約款には、この趣旨の条項が設けられており、これは、保険会社が、目的物の譲渡に関連して会社が二重払いをする危険を防ぐための規定です。しかしこの規定は、「譲渡によって著しい危険の増加がある場合にのみ保険契約が失効する」と規定する、商法650条2項の趣旨から大きくへだたるに加え、保険金の支払いを受ける者に一方的に不利な結果となります。
このため判例は、前記商法の規定の趣旨から会社に保険金の支払いを命じています(昭和45年盛岡地裁)が、現在も約款自体は改められるに至っておりません。しかし、平成5年3月30日、最高裁判所は、消費者保護の立場から、冒頭の火災保険約款に改めて判断を加えました。
それは、あなたが建物を買い受けたことを「遅滞なく」保険会社に通知することを怠っていたときに生じた火災に対しては、保険会社は保険金を支払わなくてよいとするもので、あなたのケースのように、建物の譲渡を受けて「まもなく」の段階での火災であれば、別にあなたは保険会社への通知を怠っていたとはいえません(遅滞のない通知とは譲渡を受けてからほぼ2週間以内の通知が目安です)。あなたには上記の保険約款は適用されず、保険金は支払われることとなります。あなたにはこの件でクレームをつけることをお勧めします。
私たちはあまり気がつかないかもしれませんが、火災保険に加入する際には、私たちと会社とのあいだに、普通保険約款によって保険契約が交わされています。この普通保険約款は、普通契約約款といわれるものの一つで、大量の事務の定型的な処理のために、会社があらかじめ作成して監理官庁の許可を得たものです。
通常、契約書が保険会社から送付される際に同封され、会社によっては「ご契約のしおり」などと多少やさしく書いたものを送ってきますが、概して、小さな文字でぎっしりと書かれています。
そして現在、この約款が、一般的な意思解釈や商習慣を理由に私たちを拘束するものとされています。しかし、実際には、約款の存在に気づかなかったり、これを見過ごしたりすることも少なくありません。また、約款とは別の内容の契約を交渉することも私たちには事実上不可能です。そのうえ、会社側で作られるものであるため、その運用上一方的に消費者側に不利な結果になる場合があります。そこでこのような場合には、約款に拘束されない旨の保護が裁判所によって与えられることがあり、この事例もその一つです。これからは、保険に限らず普通契約約款一般について、常識に照らしてきわめて不合理と思われるケースについては、改めて専門家に相談してみることが賢明です。
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☆普通契約約款
同種同型の大量の取引を処理するため、業者によってあらかじめ作成された定型的な契約条項をいう。保険・銀行取引・運送・工事請負・電気供給・割賦販売・消費者ローンなど、消費生活の多くの方面において定められている。実際上、契約にあたっては、約款を利用せざるを得ず、反対の特約のないかぎりこれに拘束されている。このため、消費者保護の立場から普通契約約款の使用方法と内容の適正化が叫ばれ、徐々にではあるが改善が進められている。

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