法のくすり箱
Q、自転車に乗って青信号になった交差点を西から東へ渡っていました。ところが突然、私の自転車の左側の後輪に、中年の婦人が乗った自転車の前輪が、左後方から斜にぶつかってきたのです。
私は辛くも踏みとどまりましたが、婦人は転倒して3箇所も骨折し、収容された病院の診断では全治3ヶ月だが歩行障害の後遺症もありうるとのことです。婦人は勤務中の事故だったため、労災保険の適用を受けることになり、その関係で、私に労働基準監督署から第三者行為災害報告書(調査書)のという書類が送られてきました。私が婦人に怪我をさせた第三者という前提の報告書(調査書)となっています。しかし私には過失はなく、むしろ婦人に自転車でぶつかってこられた被害者だと考えています。納得できません。
A、労働基準監督署では、この交通事故について、あなたにも過失があるならばその過失割合を考慮して法律上の損害賠償責任額の範囲内で損害賠償請求(いわゆる求償)しようと考えており、予め第三者行為災害として調査しているものと考えられます。
あなたに過失がなく、婦人に一方的に非があれば、刑事事件として罪(業務上過失妨害・刑法211条)に問われることはないことは勿論、民事事件として損害賠償責任を負うこともありません。しかし、交通事故で過失割合が10対0という場合は実際のところ多くありません。そうであってもまずはあなたとしては、労働基準監督署の調査書類に対し、自分が信ずるところを強く述べることです。しかしそれでも2割や3割はあなたの過失になるというのが実情です。そしてあなたはその婦人から過失割合分は損害賠償を求められ、さらに第三者行為災害として労災保険の給付をした政府からは給付額の求償を受けるのです。これには、自転車には強制加入の保険がないことが絡んでいます。普通、自動車の場合には保険(自賠責、任意保険)が対応してくれますが、自転車には自賠責がなく任意保険もないケースが、おそらくあなたを含め圧倒的に多いのです(ただし自転車安全整備士の整備した「TSマーク」の自転車には保険がかけられる)。保険がなければ自費によってその過失割合の分は支払わなければならないとなると、自転車は、決して安価でも、手軽でもありません。十二分に慎重な運転が必要です。自転車には運転免許は不要ですが道路交通法上、軽車両と位置づけられ、交通方法の特例の規定がおかれています(法63条の3〜10)。例えば、歩道の通行は歩道の状況に応じた安全な速度と方法で行わねばならず、これを守らずに通行した者は、罰金(法121条1項5)のみか、発生した事故に対する刑事上民法上の責任を持たねばなりません。自転車利用者の心得事です。
☆ 第三者行為災害
第三者行為災害とは、第三者の加害行為によって発生した災害をいいます。業務遂行中や通勤中の労働者が自動車にはねられたりした場合、その事故に対する労災保険の給付をするときは、第三者行為災害としてほかの災害の場合とは異なった取扱いをしています。それは、第三者行為災害は、事故の発生について第三者の不法行為が介在するため、被災労働者は、第三者に対し、民法上の損害賠償請求権を取得して賠償請求をするとともに、労災保険に対しても保険給付請求権を取得するからです。この場合両者から同一の事由について重複して損害の填補を受けると不合理な結果が生じます。このため労災保険法12条の4は保険給付と損害賠償の調整について規定しており、「政府は保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合に保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者は第三者において有する損害賠償請求権を取得する(第1項)」、「保険給付を受けるべき者が、当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府はその価額の限度で保険給付をしないことができる(第2項)」としています。このため第三者行為災害に該当する場合はほかの労働災害と区別して取り扱っているのです。
なお第三者行為災害として保険給付の原因である事故とは、人の加害行為によって生じた場合だけでなく、建物設備等の工作物の瑕疵によって生じた事故を含みます。工作物の瑕疵については占有者(場合によっては所有者、保管者)が損害賠償責任を負うことと規定されているからです(民法717条)。

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