法のくすり箱
Q、このたび、祖父が長年耕していた田舎の田んぼを相続することとなりました。今さら田舎に帰る気もありませんし、あの周辺も近年は開けてきたので、高額で売れないかと思っています。農地の売却は難しいとも聞きましたが、何か注意することはあるでしょうか?
A、農地を売買するときには、「農地法」に基づく許可が必要です。耕作目的での売買なら農業委員会や都道府県知事の許可が、農地以外に転用する目的での売買なら都道府県知事や農林水産大臣の許可が原則として必要になります(「農業委員会」についてはことば欄参照)。
こうした許可を受けないで売買契約をし、代金を支払って現実に農地の引渡しを受けたとしても、法律上所有権は移転せず、売主に所有権が引き続きあることになります。そして登記をするにも、農地の所有権移転登記には、農地法の許可があったことを証明する書面を添付しなければならず、それがなければ登記することもできません。
農地として売却する場合でも、(a)買主がその農地のすべてを効率的に農地として利用するか、(b)買主が法人なら農業生産法人に限る(「農業生産法人」についてはことば欄参照)、(c)買主が個人なら取得後の耕作に常時(原則年間150日以上)従事するか、(d)地域と調和のとれた農業ができるか、(e)一定の下限面積を満たしているかが調べられ、すべてに合格しなければ許可は出ません。
あなたは高額での転売を望んでいらっしゃいますが、その場合には売買に際して農地以外への転用許可が必要となるかもしれません。
その場合、もし当該農地が「都市計画法」の市街化区域(すでに市街地を形成しているか、概ね10年以内に市街化が計画されている区域)内にあれば、転用については農業委員会へ届け出るだけでOKです。
しかし、それ以外の地域は、立地基準により次の5種類に区分され、その面積によって都道府県知事か農林水産大臣の転用許可が必要となります。
@農用地区域内農地
市町村が定める農業振興プランにおいて農用地区域とした農地
A甲種農地
市街化調整区域(「都市計画法」で優れた自然環境や農地を守るため市街化を抑制するとした地域)内で8年以内に土地改良事業等の対象となった農地など特に良好な営農条件がある農地
B第1種農地
10ha以上の規模の一団の農地、土地改良事業等の対象となった農地など良好な営農条件がある農地
C第2種農地
駅の500m以内にあるなど市街地化が見込まれる農地。または生産性の低い小集団の農地
D第3種農地
駅の300m以内にあるなどの市街地または市街地化の傾向が著しい区域の農地
このうち、@・A・Bは原則として農地以外への転用は許可されません。そしてDについては原則許可されます。Cについては、その周辺の他の土地にどうしても変更できないときに許可されることになります。
あなたの田舎の田が、これらのいずれに該当するのかをまず調べる必要があります。ただ、たとえD第三種農地であっても、農地のすべてを使用する具体的な土地利用計画があるのか、さらにその資力はあるのか、単に資産保有目的や投機目的での転用ではないか、近隣農地への悪影響がないかなどを考慮して許可が出されることとなります。
平成21年12月15日に施行された「農地法」の改正に伴い、この転用規制は一層きびしいものとなっています。従来は規制のなかった公共施設についても、学校・社会福祉施設・病院・庁舎・宿舎の設置のための転用には都道府県知事等との協議が必要となりました。また、原状回復のための行政代執行制度も整備されています(「行政代執行」についてはことば欄参照)。
そして悪質な違反転用には、個人で300万円までの罰金・3年以下の懲役、法人なら1億円までの罰金(今改正で引上げ)が科される場合もあります(農地法64条)。
現状では違反転用は毎年8000件ほど発生しており、そのうち約9割については追認許可されるといった状況ですが、今後の扱いが注視されるところです。
ちなみに、農地法の改正により、相続で農地を取得した場合も、農業委員会に届出が必要となりました(違反は10万円以下の過料、69条)。あなたも高額な転売が望めないなら、農業委員会などを通じて、農地の買い手や借り手をさがされてはいかがでしょうか。
<ことば欄>
- ☆農業委員会
- 全国の市町村に設置される行政委員会のひとつ(農地がない、あるいは極端に少ない市町村では設置されない)。農業の発展と経営の合理化をはかるための農民の代表機関として、「農業委員会等に関する法律」により設置される。農地法等に基づき農地の権利移転の許可等の事務を行うほか、農地の利用関係の調整や担い手育成などの業務も行う。
- 委員は、20歳以上の一定の耕作者らによる公選挙(市町村の選挙管理委員会が選挙人名簿を作製)で選出された委員と、農協等が推薦する委員と議会が推薦する学識経験者(どちらも市町村長が選任する)で構成される。委員は非常勤で、任期は3年。
- 今回の法改正により、農業委員会の役割はきわめて重要なものとなった。
- ☆農業生産法人
- 地域の農業者を中心として農業を主たる事業とする法人。農業収入(自己の農産物の加工・販売等も含む)が売上高の半分を超える必要がある。また形態は、株式会社(ただし公開会社でないもの)・農業組合法人・合名会社・合資会社・合同会社のいずれかに限る。構成員は、農業の常時従事者や農地所有者・農協など農業関係者が総議決権の4分の3以上を占める必要があり、農業関係者以外では農産物の供給を受ける者(スーパーや食品産業等)や当該事業の円滑化に寄与する者の参加しか認められない。また、役員の過半数が農業の常時従事者(原則年間150日以上)であり、さらにその過半数は農作業に原則年間60日以上従事している必要があるなど、きびしい規制がある(農地法2条)。
- ただ、今改正でその制限が若干緩和され、農業関係者以外の関連事業者への議決権制限=1関連事業者につき10分の1以下にとどめるとの規制は廃止されるなど、出資受入れの幅が広がった。
- ☆行政代執行
- 行政上の強制執行の一種。行政上の義務が履行されないときに、本来義務者のなすべきことを、代わって行政庁自らが行い、あるいは第三者に行わせて、その費用を義務者から徴収するもの。
- 代執行に関する一般法として「行政代執行法」という法律がある。代執行に関する一般的な原則・手続きはこの法律に定められている。代執行ができるのは、他の手段では履行確保が困難で、かつ、不履行を放置すると著しく公益に反する場合に限定される。
- 手続きは、具体的には「戒告」「通知」「代執行」及び「徴収」の4つの段階がある。第1段階は、まず相当の履行期限を定め、その期限までに履行されないときは強制執行することをあらかじめ文書で連絡(戒告)する。第2段階は、この戒告を受けても指定の期限までに履行しないときは、強制執行をする時期・執行責任者の名前・執行に要する費用の見積額を文書で知らせる(通知)。第3段階は、指定の期限内に義務の履行がない場合に、いよいよ行政庁は事実行為としての強制執行(代執行)を実施する。そして、その執行に要した費用を義務者から回収する(徴収)のが第4段階で、義務者が任意に納付しないときには、国税徴収法の例によって、これを強制的に徴収することができるというもの。

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