法のくすり箱
Q、従業員の一人が、ある貸金業者に多額の借金をしたまま夜逃げしてしまいました。そのため、業者が会社にやって来て、未払給料や退職金を借金返済にあてるので支払ってくれというのですが、どう対応すればよいでしょうか?
また、先日は、養育費を支払わない従業員について、給与の差押えがきたのですが、同様に取り扱ってよいのでしょうか?
A、貸金業者も、いわゆるサラ金など大手の場合は裁判所を通して法的手続きをとりますが、小さな業者の中には直接会社へやって来るケースがあるようです。
しかし、賃金は必ず労働者本人に直接手渡さねばなりません(賃金の直接払いの原則、労働基準法24条)。これは賃金のピンハネなどを防ぐためにもうけられた強行規定であり、たとえ労働者本人の承諾があっても他人に支払うことはできません。ですから、たとえば貸金業者が従業員本人から委任状を預っていても、債権譲渡(賃金請求権を譲り受けた)の証書を持っていようとも、これに応じてはなりませんのでご注意ください。違反した賃金の支払いは無効となり、罰則(30万円以下の罰金)の適用もあります(労基法120条)。
ここでいう賃金とは、「名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」(労基法11条)を指し、給料のほか各種手当や賞与、そして退職金も含まれます。
そこであなたとしては断固業者の要求を拒否すべきです。もししつこく押しかけて来て迷惑をかけるようなら、近くの警察に連絡し警察官を派遣してもらい、業務妨害(刑法233・234条)や不退去罪(刑法130条)として取り締まってもらうことです。また、同時にその貸金業者の監督官庁に連絡し(複数の都道府県で営業する者は財務局、1つの都道府県内で営業する者は当該県庁など)、貸金業法21条「業務の平穏を害するような言動をしてはならない」(取立て行為の規制)に違反するとして、会社へ取立てに来ないように行政指導してもらうこともできます。
しかし貸金業者が、正規の法的手続きをとり、裁判所をとおして給与の差押えをした場合には、差し押さえられた範囲で未払給料や退職金を支払わねばなりません。もっとも、全額を差し押さえることができるわけではありません。毎月の給料制ならば、基本給及び諸手当(通勤手当は除く)から所得税・住民税・社会保険料等の法定控除額を差し引いた残額の4分の1(但し、その残額が44万円を超えるときは残額から33万円を引いた額)が差し押さえられることになります(民事執行法152条1項及び施行令2条)。たとえば、給与から法定控除額を差し引いた金額が32万円であるときは、その4分の1の8万円につき差押えができ、それ以外の部分24万円は差押え禁止になります。しかし法定控除額を差し引いた残額がたとえば45万円など44万円を超えるときには、44万円の4分の3である33万円は差押え禁止となり、それを超える部分である12万円の全額が差し押さえできることになります。退職金については、同じく所得税・住民税等の法定控除額を差し引いた残額の4分の1が差し押さえられることになっています(同法152条2項)。残りは必要生計費として差押えが禁止されています。もし、差し押さえている債権者(サラ金など)が複数いる場合には、供託することになります(同法156条2項)。
ところで、お尋ねの養育費については、給与の差押え枠に特例が定められています。平成15年の民事執行法の改正により、151条の2の規定が新設され、婚姻費用の分担、養育費用の支払いなど、扶養義務等にかかる定期金の支払いを求めて給料・退職金等を差し押さえる場合には、特例として、4分の1ではなく2分の1まで差押えが許されることになりました(同法152条3項。くわしくはそよ風131号参照)。しかも、この特例は、まだ期限が到来していない定期金の支払義務についても、すでにこれまで一部の不払いがあるときには取立ての手続きを開始できるものとなっています。養育費の差押えがきた従業員については、この規定にしたがって、給与の一部を差し押さえた相手に支払っていくことになります。

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