法のくすり箱
Q、先日買物をしていましたら、私の目の前で、立派な中年の紳士が、商品の小型デジカメを取り上げてポケットに入れてしまいました。私はとっさのことで声も出ませんでした。すると、その紳士はそのまま店を出ようとして、不運にも?!店員に呼びとめられ、一緒に別室に向かったようでした。その後、紳士はどのように扱われるのでしょうか?
A、目の前で犯罪をみて、とっさに声をあげる(ドロボーその他)のはむずかしいことです。追っかけたりつかまえたりするのは、それ以上にむずかしい勇気のいる行為です。ふつう、犯罪を理由に人を逮捕するためには逮捕令状が必要とされますが、現行犯の場合だけは不要です(憲法33条)。何人でも、逮捕状なしに逮捕することができます。なお、現行犯には、ドロボーと言って追っかけられているような、事件後間もないと認められるもの(準現行犯)も含みます(刑事訴訟法212・213条)。
さて、店員に伴われて別室に向かった万引紳士の場合、勝手に帰ることは困難ですから、店員に任意同行したことにはならず、やはり店員が逮捕したことになります。そして、店の関係者から油を絞られることは疑いありません。謝罪させられ始末書を書かされたうえで放免してもらえるようだと幸運ですが、その店の方針で警察に通報された場合には、ほぼ次のような経過をたどります。
通常、警察は、本籍・住所・氏名・年齢・職業等を確認します。そして本人に対して弁解を求め、それを書面(弁解録取書)にします。また本人に対し、弁護士をつけることができる旨を告知することになっています。さらに警察は、本人から指紋をとったり、その人に前科前歴等がないかをコンピュータで照会したりします。
そこで万引きが初犯であったり反省の情が認められ再犯のおそれがないなどのケースでは、本人の家の人(引受人になります)に連絡して釈放します。
しかし、本人が一切を黙秘したり(黙秘権)、指紋の採取に応じないことも本人の自由です。取調べに対して黙秘しているケースや、本人が常習犯であることがわかるなど犯情が重いケースで、さらに留置して調べる必要があると認められるときには、身体を拘束したときから48時間の範囲で留置されます。この48時間の取調べで、警察は本人を釈放するかさらに検事送り(検察官送致)にするかを決めます。検事は送致を受けて24時間以内に、本人を釈放するか、窃盗罪で起訴するか、それとも裁判所に勾留の許可を得てさらに10日間(20日間まで延長できる)の範囲内で本人を拘束して取り調べることにするかを決めることになります。勾留の後は、起訴されるか不起訴となるかのどちらかであり、当の万引紳士がそのどちらになるかは、取調べの内容や本人の態度その他各種の事情にかかわることになりましょう。
ところで最初に、警察で弁護士について告知を受けた場合、本人にその希望があれば弁護人(弁護士)を付けられます。その場合、原則として費用は本人負担で(私選弁護)、国選ではありません。
しかし、起訴前の被疑者として身柄を拘束された捜査段階での「被疑者国選弁護制度」が、平成18年10月からスタートしています(そよ風143号参照) 。しかも被疑者国選制度発足の当初は、最も短い刑期が1年以上といった重大事件に限られていましたが、この平成21年5月21日からは、裁判員制度の発足と足並みをそろえ、被疑者の国選弁護の対象事件が一気に拡大されました。死刑または無期の重大な事件は当然として、「長期3年を超える懲役もしくは禁錮」の事件も、被疑者国選弁護制度の対象となります。万引きは窃盗罪で10年以下の懲役と定められています(刑法235条)。長期10年は立派に被疑者国選の対象となります。被疑者が請求すれば、無資力者(預貯金が50万円未満)かどうかを調べた後、国費で国選弁護人をつけてくれます(刑事訴訟法37条の2)。
被疑者段階の万引紳士に利用できる別の制度に、弁護士会のボランティア活動である「当番弁護士」の制度があります。これは、被疑者が希望すれば、初回に限り無料で、24時間以内に弁護士が駆けつけて助言や相談をしてくれる制度です。この制度では資力の有無は問われません。当番弁護士の制度は発足してすでに十数年となり、すっかり定着していますので知っておくと便利です。
なお、余談ですが、この紳士がもし起訴されても、万引き(窃盗)は裁判員裁判の対象ではありませんので、裁判官のみによって裁かれることとなります。

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