法のくすり箱
Q、友人A女と私は、ともに還暦を過ぎた子供のころからの仲良し同士です。A女は一人息子B男との折り合いが悪く、B男がA女の財産を処分することを恐れています。昨夜、突然にA女が着の身着のままで私の家を訪れ、「実は、今、精神病院から逃げてきた。昼ごろ息子B男が他の男3名と共にやって来て、無理やりに車に押し込んだ。そして私の望みもしない精神病院へ連れていかれた。病院の人が診察しようとするスキを盗んで無我夢中で脱出してきたのよ」との次第です。自他に問題をおこす気配もないA女を一方的に精神病院に連れて行くことが許されるのですか?至急ご教示ください。
A、精神障害者の医療及び保護については、「精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)」が種々に規定しているところです。この法律に照らして、このケースにつき可能性が考えられるのは、「医療保護入院」(33条)やその前提となる移送(34条)の要件である「指定医による診察」を受けさせようとした事実です。
指定医による診察の結果、「直ちに入院させなければ医療及び保護の上で著しく支障がある精神障害者」と判定されるときは、本人の同意がなくても、保護者(原則として、その後見人・保佐人・配偶者・親権を行う者及び扶養義務者をいう)の同意があれば精神科病院へ移送・入院させる措置ができ、病院は10日以内に保健所長を経由して知事に届け出るというのが医療保護入院の組立てです。
この指定医による診察は、制度的には本人を強制して受診させることはできないのはもちろんですが、事実上、強制的な受診が行われるケースがないではありません。また、保護者が本人の利益を犠牲にして保護者の利益を図る場合もあり、そのとき指定医があらかじめ言い含められていたりするケースでは、医療保護入院とは名ばかりのものとなります。本人に対して医療行為の仮面の下に密行される野蛮な人権侵害や犯罪(逮捕監禁罪、刑法220条)から、至急本人を保護しなければなりません。
精神科病院への強制入院には、この医療保護入院に対比されるものに「措置入院」(29条)があります。これは、自傷他害(自身を傷つけたり他人に害を及ぼす)のおそれがある場合に、保健所長を経由した申請や、警察・検察官の通報により一方的に入院させるものですが、その際には「2人以上の指定医の診察」を受けます。そして「入院させなければ自傷他害のおそれがあることについて各指定医の診察の結果が一致しなければならない」とする、人権擁護や犯罪防止の見地からもきわめて厳格なものとなっています。
このほかに、急速性を要する強制措置としての「緊急入院」(29条の2)・「応急入院」(33条の4)の制度がありますが、いずれも72時間の時間制限がついています。
ちなみに、「任意入院」(22条の3)といって、本人が任意に同意して自ら入院することは可能です。そして退院の申出をすれば退院させなければならないとされています(22条の4)。
さて、あなたがご覧になって、友人のA女に自傷他害のおそれなど論外であるのならば、指定医の判定も当然適正であるべきと思います。しかし、措置入院の場合と違って、医療保護入院は単独の指定医が判定します。また、その指定医が経営に関与する精神科病院へ入院させることになります。保護者(一人息子B男)の関係者や指定医(病院)の関係者で違法ななれ合いを生じ、「精神保健福祉法」の制度の仮面の下にA女への人権侵害の犯罪が敢行されるおそれがないではありません。早急に法律事務所に相談し、指導を受けてください。
それからもう一つ。都道府県や政令都市には、その区域内の精神科病院を監督するとともに、精神科問題について住民の相談にのってくれる組織(たとえば兵庫県なら「精神保健福祉センター」、神戸市なら「心の健康センター」)があります。この組織に相談し協力を求めることも心得ごとです。また、この組織は、精神医療審査会という審査機関の事務局でもあり、相談が審査会にかけられると、複数の医師からなる委員が慎重な審査を行うものとされています。

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