法のくすり箱
Q、私はある工場の製造業務に従事してきましたが、このたび事業主が、私にとって全く未経験な営業の仕事への配置転換を告げてきました。私は、これを承知できず、事業主に他に希望者や適任者がいるはずであり、自分は同意できないと申し入れたところ、自分の指示に従わなければ来月からの賃金は払えないといいます。事業主とのトラブルで職を失いたくはない気持ちと、何とか自分に適切な労働条件を守りたい気持ちの板ばさみで悩んでいます。我慢するしかないのでしょうか?
A、近年になって、個々の労働者と事業主との間の紛争を解決する制度が、行政制度と司法制度の両面から整備されました。
一つは、「個別労使紛争処理法」(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律、平成13年10月施行)による、都道府県労働局の助言・指導及びあっせん(斡旋)です(そよ風113号。行政制度)。もう一つは、「労働審判法」(平成18年4月施行)により新設された労働審判の制度です(司法制度)。これらの制度を利用することで、事業主との関係を損ねずに円滑円満に紛争が解決されることが望まれますが、どちらの制度を選ぶかはあなたのご判断になります。
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まず、行政制度の利用は、都道府県労働基準局を訪ねて援助を求めることです。
そこでのもっとも簡便な解決方法として設置されているのが、都道府県労働局長による助言・指導制度です(個別労使紛争処理法4条)。都道府県労働局は、当事者の双方または一方からの援助を求められた場合に、必要な助言・指導を行います。そのときには、労働問題の専門家で当該産業分野の実情にくわしい人から意見を聴くこともあります。
この助言・指導の制度とは別に、都道府県労働局や労働基準監督署は、総合労働相談コーナーを開設しており、労働問題のあらゆる分野についての相談を専門の相談員が受け付けていますので、この相談員との相談についてもあわせてご活用されることをおすすめします。
また、都道府県労働局には、紛争当事者の間に入ってあっせんする第三者機関として、紛争調整委員会が設置されています(同法6条)。紛争当事者の双方または一方の申請によって、この紛争調整委員会が乗り出してあっせんし、場合によっては具体的なあっせん案を提示します。しかし、このあっせん案は紛争解決のための手助けであり、受諾を強制するものではありません。あっせん手続きは、それで紛争解決の見込みがなければ打ち切られます。
以上の、助言・指導やあっせんを求めたことを理由にその労働者を解雇したりその他不利益な取扱いをすることは禁止されます(同法4条1項・5条2項)。
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次に、司法制度としての労働審判は、事業主と個別労働者の労働関係上の争いを、民事訴訟ではなく、地方裁判所の裁判官(労働審判官)と労働関係の専門的な知識経験を有する者(労働審判員)2名で組織する3名の労働審判委員会で処理するものです。
これまでの労働関係の民事訴訟は、手続きが複雑なこともあり、審理期間として1年程度は必要でした。しかし、新しい労働審判制度は、特別の事情がある場合を除き、3回以内の期間において結論を出すことにしています(労働審判法15条)。3回目の期日までの話し合いで事業主と労働者の意見がまとまれば、合意内容について調停調書が作成されます。この調停調書には確定判決と同じ効力が認められます。
それまでの話し合いで結論が出なければ、労働審判委員会は、それまでの経過を踏まえて、「労働審判」という一種の判決を出すことになります(同法1条・20条)。この審判を双方が受諾すれば一件解決というわけですが、審判に異議のある場合には2週間以内に異議を申し立てることにより通常の訴訟に移行します。
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行政(都道府県労働局)と司法(地方裁判所)が提供する2つのトラブル解決法ですが、弁護士の手を借りずに個人でアプローチするには行政の方が容易かもしれません。しかし司法の労働審判は、審判・訴訟という展開をもつことで、より解決へのプレッシャーを感じさせる場合があるやもしれません。

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