法のくすり箱
Q、私は、夫と別居中です。夫との間には3歳になる長男があり、私が手元で育てています。夫婦とも離婚すること自体にはほぼ合意していますが、この子の親権や養育料・財産等の問題で折り合わず、別居が長引いています。ところが最近、夫は、長男を私の手元から引き取って、自分の実家で育てさせると執拗に申し入れてきます。私は、連れ去りを警戒して夫に会わさないようにしていますが、もし仮に連れ去られたときに、すぐに取り返せるものか心配です……
A、婚姻中の父母の一方が他方に対して、子どもの引渡しを求める場合の法的な解決方法としては、およそ次の方法があります。
まず、(1)家事調停ないし審判で子の引渡しを求める方法です(家事審判法9条1項乙類1号)。次に、(2)離婚訴訟を提起し、これに付随して子の引渡しを求める方法です(人事訴訟法32条1・2項)。さらに、(3)人身保護法による引渡し手続きを加えることができます(人身保護規則4条)。
このうち、(3)人身保護法の手続きは、迅速に進められる長所がありますが、引渡しの要件として、拘束の違法性が顕著であることが要求されます。そして夫婦の場合、夫婦は共同親権者ですから、特段の事情がない限り、夫が連れ去ったことに著しい違法性が認定されるのは必ずしも容易でないと考えられます。
また、(2)の裁判は、離婚裁判の審理に影響され、早期の判決を期待しがたい場合があります。そのうえ、離婚裁判は、訴えを提起する前に家事調停が義務づけられ、調停が不調となってはじめて離婚訴訟ができるというシステム(調停前置主義、家事審判法18条)ですから、そのぶん、訴訟までに時間がかかります。
そして、(1)の家事調停では、婚姻中の夫婦間に生じた子の監護に関する問題としての調停がなされますが、円満に調停が成立する可能性は多くありません。しかし、調停をまず行ない、不調になれば自動的に家事審判に進むのが決まりです(家事審判法18・26条)。そこで、調停を早く不調にして、審判に移行するという選択が望まれます。なお、家事審判へ移行すれば、審判前の保全処分が認められており、子どもをひとまずあなたの手元へ戻すという仮処分が決定されることも期待できます(家事審判法15条の3)。
ところで、子の引渡しをどのように行うか、その強制執行方法は、最大の難問です。子どもの人権尊重の面から、子どもを引き渡さないときは1日当たり一定の金銭の支払いを命ずる(民事執行法172条)という間接強制のみを認めるのが判例です(大審院大1.12.19)。子どもの引渡しにおいては、物の引渡しのような直接強制(執行官が債務者から取り上げて債権者に引き渡す。民事執行法169条)は認められないのです。ただし、急迫した例外的な場合として、直接強制を認めた判例(乳幼児が不法に拉致誘拐された場合等で、道義観念・人権尊重の見地からも放置できないようなケース)もないではありません(大阪高裁昭30.12.14判決)。
こうしてみると、別居中の夫婦間で連れ去られた幼児を法的に取り戻すのは容易ではありません。拉致問題とならないように用心することが心得ごとです。

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