法のくすり箱
Q、父に遺言をしてもらいたいのですが、なかなか切り出せません。今年70歳の父は、たいへん元気で、まだまだ90歳までは長生きすると、息巻いています。しかし私は、健康な父に適切な遺言をしてもらっておくことで、相続をめぐって、争いや不和が生じないようにしたいのです。何か助言していただけないでしょうか?
A、 「遺言をしてほしい」と頼んだり、「遺言を書きたまえ」と忠告することは、親しい間柄でも、なかなかむずかしいものです。しかし、元気な間に、適切な遺言をしておくことで、死亡後、自分の親族や親しい人びとに問題が生じないようにすることは、高齢者の希望すべきところであり、さらには義務でさえあるのです。
少なくとも、次のような場合には、遺言は非常に有用です。
第1には、相続人以外の人に財産を残したい場合です。たとえば、「世話になった他人」です。また、「死亡した息子の嫁」などは他人ではありませんが、相続人ではなく、遺言がなければ何も得られないのです(そよ風38・74・104号「法のくすり箱」参照)。
第2には、相続人のうちの誰かに手厚く相続させる必要がある場合です。遺言がないときには、遺産の分割協議において、生前、被相続人の事業に協力した者、被相続人の看護につとめた者が、寄与分を主張することが考えられます。しかし、相続人間の分割協議は、必ずしも円満公正に行えるとは限りません。老人ボケになる前の、しっかりした遺言で軽重をつけることが、相続によって「争族」となることを防止します(同5・85号参照)。
第3には、夫婦に子どもがいない場合です。たとえば、夫が死亡した場合の法定相続人は、残された妻だけではなく、夫の兄弟姉妹(または夫の甥や姪)も法定相続人とされています。妻に全部財産を残すように遺言しておかなければ、妻の老後を守れないケースも少なくありません(同43号参照)。
第4には、夫婦の一方が再婚、または夫婦ともに再婚である場合です。先妻や前夫との間の子どもも、もちろん相続人です。そして先妻の子と後妻の紛争の例にみられるように、相続人間の遺産分割協議がむずかしいケースが多いのです。紛争の予防に、遺言は、是非、必要です。
このほか、相続人の中に、行方不明の者がいるような場合には、遺言をしておけば、残った者だけで相続を行うことができます(同 15号参照)。また、子どもの認知など、生前には家庭内の紛争が予想されてできなかった場合には、遺言しておけば、最低限、認知すべき責任を果たすことになります(同57号参照)。
以上のことから、近年、近畿の各弁護士会では、毎年4月15日(ヨイイゴン)を「遺言の日」と定めて、もっと遺言をするようにとキャンペインをしています。
また、重要なことですが、まだ「元気な」「しっかりした」老人にこそ、遺言書が必要であり、有用です。痴呆がすすんで、判断力が衰えた老人の書く(または書かされる)遺言書が、しばしばその不適切さのために、多くの不都合をもたらす害悪についても、今はまだ健康である老人にこそ、よくわきまえてもらわなければなりません。
どうかお父さんに、このQ&Aを渡してあげて下さい。
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なお、遺言の方法はいろいろありますが、もっとも確実な方法を望まれるなら、公証人役場で公正証書遺言を作成しておかれることをお勧めします(同34・96号参照)。

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