法のくすり箱
Q、ご近所の人が飼い犬を捨てたままで引っ越しました。何日たっても元の飼い主の家の周辺をうろついていて、近づくと人恋しいのか尻尾を振ってきます。私は、家族で相談の上、その犬を飼うことにして連れ帰り、ひとまず庭に鎖でつなぎました。そして用意したドッグフードを与えて家の中に入ったところ、しばらくして悲鳴が聞こえました。近づいた知り合いの女性の足を噛んで怪我をさせていたのです。目下、その女性は、外科医の治療を受けていますが、私に対して、その犬を保健所に連れていって処分すること、治療費や相当の慰謝料も支払ってもらうと要求しています。私の責任はどのように考えたものでしょうか?
A、民法は、動物が他人に損害を与えた場合には、その動物の占有者は賠償しなければならない旨を定めるとともに、その動物の種類や性質に応じて相当の注意を払って動物を保管していたときには賠償責任を負わなくてよい旨を定めています(718条)。
あなたは、それまで捨て犬だったとしても、その犬を飼うことを決めて連れて帰ったのですから、すでにその犬の占有者ということになります。
その犬が女性を噛んだということですが、犬をつないだ場所、鎖の長さ、噛まれた場所などがすべて問題です。道路を通りがかった女性に、犬の方から到達できるような場所、または鎖の長さで犬をつないでいたのであれば、たとえ女性の方から犬に近づいていって噛まれたとしても、あなたは、犬の保管に相当の注意を払ったことにはなりません。
しかし、つながれた場所や鎖の長さからいって、犬の方からは道路に出られず、女性の方から近づかない限り犬は女性に到達しないというのであれば、原則としてはあなたに手落ちはなく、噛まれたのはその女性の過失ということになります。
もっとも、犬に興味をもって近づくのは大いにありうることですから、その犬に噛み癖があるなど特別な事情があるケースでは、あなたには、他人がむやみに犬に近づけないようにしておくなどの注意が求められる場合も例外的にはありうるでしょう。
このケースが、あなたに保管上の責任が問われる場合であったとしても、噛まれた女性の側に自分の方から近づいていったなどの過失があるときには、「過失相殺」といって、あなたの責任が軽減されます。一般に、犬は給餌中には気が荒くなりやすく、ドッグフードを食べている最中に近づいたのは、不用意であったといわざるをえません。
以上の次第ですので、あなたは、犬の係留場所、鎖の長さ、女性の側からの接近の事実などを考慮して、その女性と損害賠償の交渉をしてみて下さい。
ただ、犬を保健所で処分する件については、その犬がひどく狂暴で、人間に見境いなく危険なほど噛みつくのならともかく、安易に応じる必要はありません。
ちなみに、「動物の保護及び管理に関する法律」が改正され(平成11年12月22日公布)、新たに「動物の愛護及び管理に関する法律」として2000年内には施行される予定です。この中でも、動物の愛護と適正な飼養を通じた生命尊重や友愛等の情操の涵養が改めて確認されているところです。動物は飼い主を選べません。飼い主は、動物の命の重さを認識し、愛情と責任をもって最後まで共に暮らす心構えが必要です。この改正法では、愛護動物をみだりに殺傷した者は1年以下の懲役または100万円以下の罰金に、給餌や給水をやめるなどの虐待をしたり遺棄した者は30万円以下の罰金に処せられるなど、罰則の大幅な強化がはかられています。
動物愛護は一部の動物好きな人々の問題ではありません。動物を愛護し、適正に飼養することは、やさしさと思いやりにあふれた人間性をはぐくみ、命の大切さを見つめ直すことにつながり、ひいては真の豊かな社会をつくることでもあると考えられているのです。

ホームページへカエル
「損害賠償Q&A」目次にもどる
次のページ(法のくすり箱「子供スキーの指導を頼まれて不安――ポランティアの責任は?」)へ進む