「困った」の前に…
就業規則の再点検を!

〜退職・解雇をめぐって〜

 退職や解雇に関するトラブルに、就業規則の不備が原因となるケースが少なくありません。事後解決であせるよりも、トラブル予防のためにも、就業規則の必要な条文の不足や表現の不備を、実態に即応するよう、今一度見直してみることが重要です。

○市販「就業規則モデル集」にもミスが

 多くの人事労務担当者が参考にし、価格が1万円近くもする「就業規則モデル集」にも、重要なミスと思える条文が記載されています。
 そのモデル集には、「懲戒解雇:その事由について所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは、解雇予告期間を設けることなく即時解雇する。この場合退職金を支給しない」と記載されています。
 この条文をすなおに読むと、労働基準監督署長の解雇除外認定を受けられない懲戒解雇の場合は、退職金を支給する必要が生じます。労働基準監督署の解雇除外認定基準と、会社の懲戒処分基準、さらには懲戒解雇の有効性の判例基準とは、おのずと違いがあるものです。しかし、この条文によって、それらがすべて労働基準監督署長の解雇除外認定基準に拘束されてしまいます。
 「この場合退職金は支給しない」の条項は削除し、退職金規程において別に定める必要があります。

○退職金不支給・減額の規定例

 退職金規程では、「懲戒解雇された場合は退職金は支給しない。ただし、情状によって減額にとどめることもある」という条文が一般的です。
 これで問題となるのは、懲戒解雇処分をおそれて、いち早く退職した者に対する取扱いです。広島地裁の判例では(平成2年7月27日、広麺商事事件)、「会社の就業規則に、懲戒解雇された者には退職金を支給しないの規定はあるが、懲戒解雇に相当する事由がある者には退職金を支給しないとの規定はない」を理由に、懲戒解雇前退職者に、退職金の支払いを命じています。
 これで思い出されるのが、一昨年、厚生省岡光前事務次官の辞職届を、小泉前厚生大臣が受理してしまい、懲戒解雇に処せず、高額の退職金が支給された事件です。マスコミも大きく取り上げ、世論の反響も凄まじいものでした。
 これらのことを参考にしますと、「退職後、在職中に懲戒解雇事由に相当する事実を行ったことが明らかになった場合は、退職金を支給しない。すでに支払った退職金は返還させる」との条文が、追加で必要です。
 なお、厚生年金不正受給事件の東大阪市清水市長は、岡光事件を参考に、退職金・賞与の不支給規定をすばやく見直しました。その結果、起訴されたご自身が、支給停止の適用第1号になったとのことです。
 ただ、多額の横領を悪質に隠し退職した者の退職金請求権を、権利の濫用で認めなかった名古屋地裁の判例もあります(昭和59年6月8日、高蔵工業事件)。
 いずれにしろ、条文の不整備はあらかじめ修正して、不要な争いは避けるべきでしょう。

○傷病休職者の復職可否の判断基準

 休職制度については、「休職期間満了時に復職できない場合は退職とする。復職を希望する者は、就業に支障がない旨の医師の診断書を添えて申請することを必要とする」との定めが一般的でしょう。
 この規定では、傷病回復の状態と、復職した際の支障の有無・程度についての判断に問題が生じます。とくに、メンタルヘルスから休職期間に入っている場合は、本人に自覚症状がないケースが少なくありません。従業員が、主治医に正確な業務内容を報告していないと、それに基づく医師の就業可能の判断にも、会社が疑念を感じるケースがあります。
 そこで、条文中に、「会社の指定する医師の」条項を加えておく必要があります。これは、けっして治療に関して、医師選択の自由を束縛するものではありません。業務内容・職場環境を実際的に把握する産業医の判断が、使用者の「復職可否」判断の合理性を裏付けるものとしなければなりません。この条項がなければ、従業員の主治医の判断が、復職可否の判断基準とされてしまいます。ご注意ください。

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 「就業規則」と一口で片づけられがちですが、以上のように、退職・解雇に関する事項は、とくに慎重な点検が必要だと考えます。
(社会保険労務士 太田成三)




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