
貴重な町並みを次の世代に残すために
建造物に登録制度を導入
文化財保護法の一部改正 H8.10.1施行

日本中どこへ行っても町が同じ顔をしているように感じたことはないでしょうか。せっかく旅にでかけたのに、駅に降り立つと何だか変わり映えのしない景色が広がっているだけで、がっかりした経験をお持ちの方も多いことでしょう。においやぬくもり、表情をもった私たちの町を残すために、貴重な建造物を安易な取壊しや建替えから少しでも守るために、「文化財保護法」が改正され、新たに建造物の登録制度が導入されました。
文化財として貴重な建造物については、それが歴史上・芸術上・学術上価値の高いものであれば、文化財保護法により文部大臣が重要文化財として指定します(現在2137件。以下数字は平成9年1月末現在。とくに貴重なものはさらに国宝<中尊寺金色堂・東大寺大仏殿・法隆寺金堂など207件>とされる、法27条)。それ以外の建造物についても、各地方自治体で条例に基づいて、同じような指定制度をとって、県指定文化財あるいは市指定文化財などといった形で保護や規制が行われています。
しかしこうした指定制度は、貴重な建造物を厳選し、そうして厳選されたものについてのみ、手厚い保護(補助金の交付や財政による修理等の負担など)を与えると同時にきびしい規制(現状変更の制限や各種の届出など)をも課すことで建造物の保護を徹底しようとというもので、多様かつ大量の文化財建造物に対応するのにはふさわしくありませんでした。
そのため、対象となりにくかった近代建造物については、今や破壊・消滅の危機に瀕しているにもかかわらず、法的には何らの手だてもできないという歯がゆさがありました。こうした近代建造物は、身近な町の顔ともなり、また相当の年数も経て文化財としての評価・重要性も認識されながら、文化財としての指定の対象とはいたらず、しかも、こうした建造物の大半は現実に使われ、今も生きた社会活動や生活の場であるという特徴があります。つまり、従来の指定制度にみられる現状変更の制限などきびしい規制が加えられると、その所有者や利用者にとって支障が生ずることともなりかねません。そこで、今回、指定制度を補完するものとして、新たに登録制度がもうけられ、身近な建物を所有者らが使いながらしかも大切な部分は保存するという、ゆるやかな規制がとられることになりました。
登録制度の対象となるのは、建築物(住宅・事務所・工場・社寺・公共建築など)、土木構造物(橋・トンネル・水門・堤防・ダムなど)、その他工作物(煙突・塀など)と、幅広く解釈されていますので、たとえば住宅全部ではなくても蔵や塀だけという登録もできるわけです。
登録の基準は、まず、原則として建築後50年以上経過していること。そのうえで次の(1)〜(3)のいずれかに該当することが必要です(登録有形文化財登録基準、文部省告示152号)。
(1) 国土の歴史的景観に寄与
たとえば、絵画や写真・映画・文学・歌などに取り上げられた場合(浮世絵に描かれた、歌謡曲に登場する等々)、その土地を知るのに役立つ場合(地名の由来となった等々)、その地で広く親しまれている場合(○○の洋館などと特別な愛称で呼ばれる等々)がこれに当たります。
(2) 造形の規範
すぐれたデザイン・設計や代表的な様式のもので、たとえば、デザインが優れている場合(ゴシック様式の教会、古典様式のビル等々)、有名な設計者や施工者が建てた場合、時代の先駆けとなった初期の作品(昭和初期モダニズム建築等々)、各時代や様式の典型的な作品(茅葺屋根の農家、下見板貼の洋館等々)が該当します。
(3) 再現することが困難
築後約100年以上たって現在同様のものを造るのは不可能あるいは膨大な費用がかかるものをいいます。
たとえば、優れた技術・技能が用いられている場合(なまこ壁の住宅、貴重な欄間彫刻のある書院等々)、今や珍しい技術や技能が用いられている場合(黒漆喰塗の町家等々)、特殊なデザインでほかに類例が少ない場合がこれに当たります。
登録されると、次のような優遇措置を受けることができます。
[1] 敷地の地価税を2分の1に軽減(地価税法施行令17条3項)
[2] 家屋の固定資産税の2分の1以内を適宜軽減(自治省通達)
[3] 改修工事などに必要な資金を、日本開発銀行・北海道東北開発公庫・沖縄進行開発金融公庫から低利で融資
このほか、文化財ですから、当然、管理や修理についての技術的な指導を国から受けることができます(法56条の2の8)。
一方、規制としては、次のような場合に文化庁への届出が必要です。
(a) 所有者に変更がある場合
所有者の住所が変わったとき、あるいは売買等により所有者が変わったときには、20日以内に届け出る(法56条の2の4)。
(b) 滅失・き損した場合
登録建造物の一部や全部が滅失(火事で焼失等)あるいは多大のき損(破損・損傷等)を受けたときは、その事実を知った日から10日以内に届け出る(法56条の2の5、損傷の原因や程度・取った措置なども記載)。
(c) 現状を変更する場合
登録建造物を移築したり、あるいは非常に大きな変更を行うときには、その30日前までに届け出る(法56条の2の7、理由・内容・実施時期・方法・設計図・写真等が必要)。
これに対して文化庁は必要があれば指導・助言・勧告を行います。とはいっても、国宝や重要文化財といった指定文化財のようなきびしい規制ではなく、あくまで届出とそれに対する指導にとどまります。
しかも、届出の基準は、通常望見できる外観の4分の1以上が変更されるときに限られるものです(規則15条)。つまり、内装はどんなに変更しようが自由、外装についても道路などから見える範囲の4分の1以内なら改築しようが増築により見えなくなろうがOKということです。たとえば、正面だけが道路に面し3方は別の建物に接しているなら、規制の範囲は正面の壁と屋根だけで、しかもその4分の1については変更自由というわけです。
これなら、中で生活する人にとって不利益・不便はほとんどないでしょうし、逆に、文化財を活用してホテル・レストラン・博物館等々に生かしていく方策も考えられるでしょう。
今のところ登録の対象となるのは、全国で約2万5000件といわれています。
日本建築学会や土木学会などの調査や報告をもとに文化庁では候補物件を選び、その建造物がある地方公共団体の意見を聞いた上で文化財保護審議会の調査・答申を経て、最終的に文化財登録原簿に登録します(法56条の2)。そして登録されると、所有者に登録証が交付されます(法56条の2の2)。現在すでに登録数は118件。もし所有者自らが登録を希望するときには、地方公共団体を通じて申し込むこともできます。
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ちなみに、文化財保護法では、建造物は重要文化財として指定されるほかに、風俗慣習や民俗芸能などに関連した貴重なものは重要民俗文化財として(法16条の10)、城跡や旧宅など歴史的・学術的に価値の高い遺跡は特別史跡として(法69条)指定され、また歴史的風致をなしている貴重な伝統的建造物群を重要伝統的建造物群保存地区(法83条の4、白川村荻町・神戸北野町山本通など44地区)として選定して、それぞれ保護をしています。
また、今回の文化財保護法の改正では、建造物の登録制度の導入のほかに、市町村の教育委員会の役割を強め明確にするための措置や、重要文化財をより広く公開・活用できるための措置があわせてとられました。


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