ハンセン病患者への
人権侵害にようやく終止符

らい予防法平成8年3月31日廃止

ハンセン病(らい病)―― 今や簡単に治る病気



 ハンセン病(らい病)とは、らい菌 ――1873年(明6)ノルウェーのハンセンによって発見 ――によっておこる感染症です。末梢神経がおかされ、皮膚症状があらわれたり、病状がすすむと身体に変形が生じてしまうこともあります。
 元来、このらい菌は他の菌にくらべて非常に感染力が弱く、長期にわたって濃厚な接触があってはじめて感染するもので、しかもたとえ感染しても発病するのはさらにまれで、体力や抵抗力が非常に弱くなっているときに発病します。このため、おとなで発病することはほとんどなく、感染するのは家族内で、しかももっとも弱い幼児にあらわれるおそれが強いのです。
 そのため、昔は遺伝病と思われていました。しかもらい菌の発見により感染症とわかった後も、日本では偏見が強く、非常に感染力の強い伝染病と誤って扱われ、隔離の対象にされてきました。
 1943年(昭18)アメリカで特効薬が発見されハンセン病は治る病気となり、現在では、数種の薬を併用することによって数日の外来への通院治療で完治する病気となっています。

隔離政策をとり続けた日本


 ハンセン病の患者は昔から差別と偏見のなかで暮らしてきました。日本では1907年(明40)に旧法が制定されて、患者は公立の療養所に隔離されることとなり、1931年(昭6)には在宅患者についてもこの療養所への収容が始まりました。戦争へと進むなかで弱者であるハンセン病患者はいっそう強圧的にかりだされ強制隔離されていきました。
 戦後1953年(昭28)、すでに特効薬の発見により、ハンセン病は隔離から外来通院治療へと世界的な流れが変わっているときに、日本では「らい予防法」が制定され、従来からの旧法にしたがった隔離政策がとられ続けることとなったのです。
 世界にも例をみないこの隔離政策が、旧法成立から約90年後の本年3月末をもって、ようやく廃止されることとなりました。

長年にわたり 奪われた人権


 廃止された「らい予防法」では、ハンセン病の患者は国立療養所への入所が勧奨され従わないときには命令や強制入所も定められていました。これに対して退所規定は一切なく、しかも厳密な外出制限がしかれています。親族の危篤など特別な場合のみ所長の許可を得て外出することができ、しかもそれは期間が限定されており、それを破ると30日以内の部屋での謹慎処分があるなど、きわめて過酷なものとなっています。
 このほか、ハンセン病患者は原則としてすべて療養所に収容されている建前ですから、患者は国民健康保険の適用は受けられず、一般の医療から締め出されていました。逆にハンセン病は保険適用外の病気となっていました。また、優生保護法のなかで、ハンセン病は遺伝病ではないにもかかわらず妊娠中絶の対象とされてきました。そして出入国管理法のなかでは、入国拒否の理由のひとつとしてハンセン病であることがあげられていました。
 現実には、「らい予防法」は空洞化していました。成立の当初から国際的な流れは、もはやハンセン病は特別な病気ではなく隔離の必要はないという判断がなされていました(1956年ローマ国際らい会議、WHO世界保健機構「らい対策の指針」)。このため、厚生省は法律の適用を弾力的に運用するとして、療養所への出入りはまったくフリーパスとなっています。また年に十数人出る新たな患者についても通院治療を行って、療養所への収容は現実には行われていません。それにもかかわらず、「らい予防法」は厚生省の怠慢とハンセン病患者への無知と偏見・差別によって存続し続けてきたというわけです。

誤りを二度と くり返さないために


 全国15ケ所の国立・私立療養所には現在約5800人が入所しています。平均年齢は70歳をこえ、重症者については後遺障害が残っている場合もあるとはいえ、ハンセン病そのものはほとんど全員完治しているのが実情です。しかし、長年にわたり、差別と偏見のなかで、名を変え、家族・親族と縁をきり、療養所で世間と隔絶した生活を余儀なくされてきました。しかも、半強制的に中絶手術を受けさせられ、頼る子供も奪われたという現実があります。
 強制的に連れてきて長年にわたり収容して、今度は法の廃止と同時に強制的に追い出して老後の生活の場を奪う――こんなことは許されません。そこで、療養所はハンセン病療養所として存続させ、引き続き療養を行うこととなります(2条)。また国は社会復帰を支援し(5条)、入所者の親族への経済的援助も今後とも継続されることとなりました(6条)。さらに障害年金1級に相当する給与金も保障されています。あわせて、国民健康保険法・優生保護法・出入国管理法なども是正されました。
 差別・偏見がこうした特別な「病気」を生み出し、これら患者の人権を侵害することが二度とあってはなりません。その意味で、今日のエイズ治療においても、ハンセン病から多くを学び、ヒステリックでない適切な対応が緊要といえましょう。
[従来の「らい」という用語に代わって、今回「ハンセン病」という呼び名が正式なものとされました。]




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