読んでわかる刑法に

カタカナ文語文から日常的なひらがな口語へ

尊属殺人等の加重罰の規定削除

刑法改正〜H7.6.1施行〜

 刑法の一部を改正する法律が、平成7年5月12日に公布され、6月1日より 施行されました。

条文をわかりやすい口語文へ


 この法律により、明治40年に公布されて以来、カタカナ混じりの文語文で書かれていた現行刑法が、ひらかな口語文になり、読みやすくなりました。
 刑法は、どういう行為をすれば犯罪になるのか、どういう刑罰が科されるのかを定めている法律です。なぜこのようなことを法律で定める必要があるのか。それは、@あらかじめ、何が犯罪行為でありどういう処罰を受けるのかを国民にわからせておいて、国民が犯罪行為を行なわないように行動することを可能ならしめるとともに、A国家権力が恣意的に国民を処罰することを防止するために必要だからです(罪刑法定主義)。
 あらかじめ何が犯罪行為かをわからせておくといっても、刑法の条文は古めかしい文語文で書かれています。これでは国民としては、何が犯罪行為か読み取りにくいと言わざるを得ません。刑法のみならず民法の一部や商法もいまだに文語文で書かれていますが、刑法が民法や商法に先がけて口語化されたのは、上の事情を考慮したからにほかなりません。

<条文例>こんなにわかりやすくなった!!
改正前改正後
第38条
[故意・
過失]

[故意]
(1)罪ヲ犯ス意ナキ行為ハ之ヲ罰セス但法律ニ特別ノ規定アル場合ハ此限ニ在ラス
(2)罪本重カル可クシテ犯ストキ知ラサル者ハ其重キニ従テ処断スルコトヲ得ス
……
1罪を犯す意思がない行為は罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
……
第230条
[名誉毀損]
(1)公然事実ヲ摘示シ人ノ名誉ヲ毀損シタル者ハ其事実ノ有無ヲ問ハス3年以下ノ懲役若クハ禁錮又ハ50万円以下ノ罰金ニ処ス
(2)死者ノ名誉ヲ毀損シタル者ハ誣罔ニ出ツルニ非サレハ之ヲ罰セス
1公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
2死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

親殺し等への加重規定の削除


 今回の改正では、口語文に直すことの他に、尊属(父母・祖父母など、ことば欄参照)殺人(200条)・尊属傷害致死(205条2項)尊属遺棄(218条2項)及び尊属逮捕監禁(220条2項)の規定が削除されました。
 尊属殺人罪では、死刑か無期懲役のみという極端に重い刑罰になっていました(普通殺人罪は刑の下限は懲役3年)。このためたとえば、14歳のころより父親から肉体関係を強制され続けた娘が、ある男性と結婚を考えるようになったところ、それを知った父親から10日以上にわたって脅迫・虐待を加えられたため、思い余って父親を殺したというような悲惨な事案についてすら、法律上許される2回の減刑をしても、実刑(実際に何年か刑務所に入ってもらう)を科さざるを得ず、尊属殺人罪(200条)の不合理性が指摘されていました。
そこで最高裁判所は、昭和48年4月4日、尊属殺人罪を定める刑法200条は違憲だという判決を出しました。その理由は、尊属殺人罪は加重の程度が極端であって、尊属以外の人を殺した場合に比べて著しく不合理な差別的取扱をするもので、憲法14条1項に違反するというものです。
 ただ、尊属に対する尊重報恩の念を維持するため、刑を加重すること自体は、憲法14条1項に違反しないとしました。そのため最高裁判所は、尊属傷害致死罪(刑の下限は懲役3年。これに対し一般の傷書致死罪の刑の下限は懲役2年)等については、その後も、合憲とする判決を出してきました。
 それにもかかわらず、今回、尊属傷害致死罪等の規定をも削除したのは、尊属であろうとなかろうと、人を殺したり捨てたりするのは同じように悪い行為であり、殺されたり捨てられたりする人が尊属であるかそうでないかによって区別するべきではない、という国民の意識の変化を考慮したからと考えられます。

聴覚言語障害者でも一律減刑はしない


 さらに今回の改正では、いん唖者の不処罰又は刑の減刑を定めていた刑法40条が削除されました。いん唖者とは、聴覚機能を失っているために言語機能が発達しなかった者をいいます。聾唖教育の発達していない時代には、いん唖者は聴覚機能・言語機能をともに欠くため、精神的に未発達なのが通常でした。そのため、いん唖者の行為は罰しない、あるいは刑を減刑することにしていたのです。ところが、聾唖教育の発達した現代においては、いん唖者も精神を充分に発育させることが可能になりましたので、いん唖者に対する特別扱いを止めることにしたのです。

ことば欄 ▲▽直系尊属▲▽
 尊属とは、親や祖父母など自分と同世代より上の世代に属する者をいう。これに対して、子・孫のように自分より下の世代に属する者を卑属という。わが国の法制は、自己の一族(血族)についてのみ尊属卑属の区別をし、配偶者の一族(姻族)については尊属卑属の区別をしない。
 また直系とは、自己または配偶者について、血縁関係が直接上下する関係にある者をいう。これに対して傍系とは、自己または配偶者について、枝分かれの血縁関係にある者をいう。
 従って直系尊属とは、自己の親・祖父母・曾祖父母等をさしている。
 なお刑法200条は、「自己又ハ配偶者ノ直系尊属」と定めていたので、配偶者の親などを殺した場合も尊属殺人罪が成立した。しかし判例も、刑法200条について違憲判決がでる以前から、同条の不合理性に鑑みて同条の適用範囲を狭めるという立場から、同条の「配偶者」とは生きている配偶者のみをさしており死んだ配偶者を含まない、としてきた。



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