この記事は、「そよ風」72号(1994年8月1日号)の内容を掲載したものです。

明日を担う子ども達に人権を保障
子どもの権利条約
H6.5.22発効
平和 尊厳 寛容 自由 平等 連帯
世界には、今、戦争のただ中で命を奪われている子どもたちが大勢います。近代の戦争は兵士よりも一般市民をより多く殺害し、爆撃・戦闘や飢え・貧困の中で家族を目の前で失いながらも懸命に生きている子どもたちがいます。たとえ戦争が終わっても、孤児となり、障害児となり、何らの教育も受けられずに、しかも心に大きな痛手を蒙った子どもたちが残されます。放置された地雷に足や命を失う場合すらあります。それは、ルワンダで、ボスニアで、カンボジアで、その他いくつもの地域で残念ながら今も続いており、そうした情報を私たちは毎日のように目にし、聞いているのです。
子どもたちの権利を守ろうという最初の世界的な動きは第一次世界大戦が終わったあとでした。国際連盟は、1924年、「子どもの権利宣言」(ジュネーブ宣言)を採択し、人類が子どもに対して最善のものを与える義務を負うことを宣言しました。
そして第二次世界大戦後、国際連合が1948年に「世界人権宣言」を採択し、国際的に人権思想が広まり深まる中で、これを実質的なものとするため、1966年には「経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約)と「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(B規約)が制定されて、1976年より効力が発生しました (日本については79年に発効)。
こうした人権一般についての考え方が広まるのと並行して、子どもの権利や保護を考える動きも起こり、1959年には国連が「子どもの権利宣言」を採択しました。子どもが幸福な子ども時代を送り、かつ、自己および社会の幸福のために享有することができる権利と自由を10の原則にまとめたものです。そして79年が国際児童年とされました。
人権宣言がA・B規約によって国際的に実現されていくのと同じように、この宣言も実質的なものとするため、第二次大戦で多数の子どもたちを失ったポーランドが中心になって世界各国に働きかけてこの「子どもの権利に関する条約」(89年国連総会で全会一致で採択、90年効力発生)が制定されました。日本も世界で158番目の国としてこの条約を批准し、平成6年(1994年)5月22日効力が発生しました。
この条約では、子どもの人権として、人間としておとなと同じく当然もっている人権 (世界人権宣言やA・B規約に定められた選挙権を除くあらゆる権利)を広範に盛り込んでいます。さらに、身体的および精神的に未成熟で発達・成長していく子どもへの特別の保護が具体的に規定されています。つまり、人権思想の広がりと深まりの中で、保護の対象としての子どものみならず、権利を享有する主体でもある子どもへと視点が広がってきたわけです。
条約で規定される子どもとは、18歳未満のすべての者をさします(1条)。ただし、法律で成年に達した者は除外されますので、日本の場合には18歳未満で結婚した女子は成人とみなされますからこの条約の対象からは除外されることになります。
ちなみに日本の法律では「子ども」は下表のように規定されています。
日本の法律と「子ども」の呼び方・年齢
法 律 | 呼び方 | 年 齢 |
民 法 | 未成年者 婚姻適齢 | 20歳未満の者 男満18歳、女満16歳 |
児童福祉法 | 児 童 ・乳 児 ・幼 児 ・少 年 | 18歳未満の者 1歳未満の者 1歳〜小学校就学まで 小学生〜18歳未満 |
少年法 | 少 年 | 20歳未満の者 |
刑 法 | 刑事未成年者 | 14歳未満の者 |
道路交通法 | 幼 児 児 童 大型免許を与えない者 普通免許等を与えない者 二輪免許等を与えない者 | 6歳未満の者 6歳以上13歳未満の者 20歳未満の者 18歳未満の者 16歳未満の者 |
未成年者喫煙禁止法 | 未成年者 | 20歳未満の者 |
未成年者飲酒禁止法 | 未成年者 | 20歳未満の者 |
子どもの権利の大原則として、人種・皮膚の色・性・言語・宗教・政治的意見・社会的出身・心身障害等あらゆる差別なしにその権利は尊重されること(2条)、すべての措置は子どもの最善の利益を主として考慮すること(3条)、父母などが子どもに対して有する責任・権利・義務を尊重すること(5条)がまず掲げられています。
そして、国際的人格権として、生命権・生存権を保障し(6条)、氏名・国籍を有する権利、父母によって養育される権利(7条)を宣言し、とくに父母の意思に反して父母から分離されず(親による虐待・放置など特殊な場合を除く)、もし離されても定期的に父母のいずれとも直接の接触を維持する権利を規定して(9条)、子どもにとって家族の果たす役割が最も大きなことを確認しています。
さらに、精神的自由について定め、自分に影響を及ぼすすべての事項について自由に意見を表明する権利(意見表明権)を確保し、その意見は年齢・成熟度に相応して考慮されるとして(12条)、子どもの自己決定権を尊重することが盛り込まれています。その上で、表現の自由(13条)、思想・良心及び宗教の自由(14条)、結社・平和的な集会の自由(15条)、プライバシーの保護(16条)が規定され、子どもが判断をするうえで重要な情報・資料を利用できるよう配慮しています(17条)。
また、児童の養育・発達について父母は共同で第一義的な責任をもち、父母がこの責任を遂行するために必要な援助を国が与える(父母が働いている場合には保育施設など)と規定し(18条)、親による虐待・放置・搾取からの保護を(19条)、また家庭のない子どもへの養子縁組を含んだ保護のあり方と考慮すべき事項を(20・21条)、さらに難民である子どもへの保護・援助について(22条)定めています。
次に、精神的・身体的な障害をもった子どもの尊厳の確保と自立の促進、そのための国による無償の援助などについてとくに定め(23条)、子どもが最高水準の健康を享受する権利・医療を受ける権利について具体的に定めています(24・25条)。そして社会保障を受ける権利(26条)、身体的・精神的・道徳的・社会的な発達のために必要な生活水準を確保する権利(27条)について規定します。
教育・文化についての権利としては、教育の機会均等を基礎として、初等教育の義務化と無償化を実現すること、中等教育にも無償化などの措置をとること、中途退学率の減少をめざすことなど具体的に規定し、学校の規律が子どもの人間の尊厳に適合する方法で行われるようとくに定めています(28条)。
そして教育のめざすものは、(a)人格・才能・能力を最大限に発達させる、(b)人権・基本的自由などの原則を尊重する、(c)自己の文化・言語・価値観を学び同時に異なる文明をも尊重する、(d)すべての人民の間の理解・平和・寛容・平等・友好の精神を学び自由な社会での責任ある生活を送る準備をする、(e)自然環境を尊重する、の5つを掲げています(29条)。
さらに少数民族や先住民の子どもの文化・宗教・言語に対する権利をとくに規定し(30条)、子どもには休息・余暇及び文化的な生活や芸術に自由に参加する権利を認めています(31条)。
そしてとくに子どもであるが故に保護される権利は次のとおりです。
経済的な搾取から保護され、危険・有害・教育の妨げとなる労働から保護される、そのために最低年齢や労働条件についての規則を定め、罰則や制裁を設けること(32条)。
麻薬や向精神薬の使用から子どもを保護し、生産・取引に子どもが使用されるのを防ぐこと(33条)。あらゆる形態の性的搾取・虐待から子どもを守ること(34条)。あらゆる目的・形態の誘拐・売買・取引を防止すること(35条)。子どもの福祉を害するすべての形態の搾取から保護すること(36条)。
たとえ刑法などを犯した子どもでも死刑や釈放の可能性のない終身刑は科さない、弁護人等をつけ適正な司法手続きが保障されること(37・40条)。
武力紛争においては15歳未満の者は直接戦闘に参加させす、15〜18歳未満の者を軍隊に採用するときも最年長者を優先させること(38条)。あらゆる搾取・虐待・刑罰・紛争などの被害者である子どもが身体的・心理的に回復し社会復帰をできるような措置をとること(39条)……
子どもの権利条約の条文を見ていくと、現在、世界の子どもたちが置かれている状況がありありと浮かび上がってきます。
前述の戦争状態におかれた子どもたちはもちろん、開発途上国での幼い子どもたち――栄養失調、伝染病、苛酷な労働、不就学、ストリートチルドレン等々、これらは国際的な援助・協力なしには解決できない問題です。
また先進国においても――暴力的な虐待、性的虐待、誘拐、麻薬などによる汚染等々。
そして日本の子どもたちも決して天国にいるわけではありません。いじめや体罰、受験競争と管理教育、丸刈り強制などの校則の問題、内申書による管理問題、単身赴任や離婚による家庭の崩壊……これらは、当の子どもたちにとって、決して紛争下の子どもたちが抱える問題に劣らない深刻な問題なのです。また、先進国日本が東南アジアで子どもを相手に買春したり、安い労働力として利用するなど、何としても改善しなければならない点は多々あります。そして先進国日本の実質的な援助を開発途上国は必要としているのです。
日本政府は、現在、とくに法的な改正は予定していません。文部省でも、従来の指導方法に変更はないことを強調する立場をとっています。しかし一方、子どもの停学・退学などに際しては子どもの意見をきちんと聞くようにとの通知を出し、法務省では全国の人権擁護委員の中から子どもの問題を専門的に扱う「子ども人権オンブズマン」を選ぶことも検討中です。
この条約が各国でいかに実現されているかを審査するため、締約国から選ばれた10人の専門家で構成される(任期4年)委員会が設置され、毎年1回会合を開きます(43条)。締約国は条約が発効したときから2年以内に、条約に基づいてとった措置や進歩を国連事務総長を通じてこの委員会に報告しなければなりません(44条、以後5年ごとに報告義務)。そして、この報告を受けた上で、必要な提案や勧告を当該締約国に送付し、締約国からの意見を付けて国連総会で報告します(45条)。もちろん、ユニセフやユネスコをはじめ国連の専門機関の全面的な協力が約束されています。
* * *
次代を担い、新たな時代を切り開くのは子どもたちです。その子どもたちを大切に育てるのが現在のおとなの義務だとするなら、いかに現実を変えていくかを考えずには、義務を果たしたとはいえないでしょう。この条約を国内において定着させ現実のものにするため、これからの努力が問われています。そのためにはまず、子どもたち自身にこの条約のことを知らせ、さらにその子どもを育てるおとなたちが広く理解することがその第一歩といえるでしょう。


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