<平成5年6月24日付朝日新聞より>

遺産相続、非嫡出子差別は違憲
東京高裁「尊厳、等しく保護を」
「意外な喜び」いま平等
非嫡出子相続差別違憲判断「加害者」と呼ばれ

 「『親の因果が子に報い』式の仕打ちは、近代法の基本原則に反している」。23日、相続で非嫡出子を差別している民法の規定は、「法の下の平等」を定めた憲法14条に違反するとの決定が、東京高裁から出た。非嫡出子相続裁判での初の違憲判断。平たく言えば、親の遺産相続をめぐって「愛人の子」と「本妻の子」を区別すべきでない、との決定だ。最近では「未婚の母」や、若いカップルの間で、籍を入れない「事実婚」も増えている。論議のあった規定を子の立場を重視して判断したといえる。
 申し立てが認められた千葉県松戸市のピアノ教師、Nさんは、決定後の記者会見で、「正直に言って意外です」と驚きと喜びを語った。申し立てを起こす前の調停では、調停委員から「非嫡出子は加害者だ」と言われ、悔しい思いをしたこともあるという。「平等だということがやっと認められて、うれしい」。そういって笑顔を見せた。


ニュースの目



婚外子も相続権は平等

──明暗分けた違憲審査──


 「非嫡出子と嫡出子の相続分に差別があるのは違憲か」が争われた事件で、平成5年6月23日、東京高裁はその決定において「『非嫡出子の相続分は嫡出子の2分の1』と定めた民法900条4号但書は違憲である」旨の判断をしました。
 これに対する新聞の論調は一般的に好意的なものでしたが、ここで、「嫡出子・非嫡出子」の意味やこの事件の前提となる事実についていま少し考えてみる必要があるように思います。
 わが国の民法は、法律上正当な婚姻関係にある父母の間に生まれた子(嫡出子)と、婚姻関係にない父母の間に生まれた子(非嫡出子)とを区別しています。
 非嫡出子においては父との間の法的父子関係は、もっぱら「認知」という父の意思表示によって生じます。認知には強制認知と任意認知とがあり、民法はこの両方を認めています。任意認知は父が役場に届け出ればできますが、父が認知を拒む場合、あるいは死亡などで任意認知ができない場合には、裁判で認知の訴えを起こし、いわば強制的な認知を達成するのです。この認知がなされて初めて自然的父子関係が法的父子関係になります。
 そして非嫡出子は民法上相続分においても差別を受けます。もっとも、被相続人に嫡出子だけでなく非嫡出子の子供がいる場合に初めて、相続における嫡出子と非嫡出子の相続分割合の区別が合理的であるのかが問題となるのです(ですから、子供がすべて嫡出子の場合はもちろん、子供がすべて非嫡出子の場合でも、子供たちは平等の相続分を持つことになるのでこの事件とは直接の関係がありません)。
 ところで、歴史をひもとくと、欧米諸国では戦後も非嫡出子に相続権を認めていませんでした。日本では戦後の民法改正の初めから、非嫡出子の相続権は当然のものとされていたのです。戦後の出発点においては、日本の方が欧米諸国に比べてはるかに非嫡出子に寛大だったのです。ところが、欧米諸国や隣国の韓国においては、1960年代以降、漸次改正をへて非嫡出子と嫡出子との平等な取扱いを確立していったのです。そのため、現在では、逆に日本の方がこれらの諸国よりも差別的な制度を残すことになってしまいました。
 そこで、今から20年ほど前に日本でも、非嫡出子の相続分について嫡出子と同様の取扱いをしようとする案が、法務省から提案されました〔法務省民事局参事官室作成「相続に関する民法改正要綱試案」(昭54.7.17)試案は、昭和55年の相続法の改正のたたき台になった〕。しかし、この改正要綱試案が出たとき、一部の反対(世論調査によると、現行法に賛成48%、試案に賛成16%)で改正が見送られたという経緯があります。
 この改正要綱試案の説明によると、(1)非嫡出子は、嫡出子でないことについてみずから何の責任もないのに、現行法のように、その相続分を、親を同じくする嫡出子の2分の1として区別することは、法の下の平等の理念に照らし問題があること、(2)嫡出子と非嫡出子との相続分を同等としても、法律婚主義と直接抵触するものではないことなどを理由としています。
 そして、今回の東京高裁の決定は、憲法判断の手法に従いその理由を詳細に述べていますが、非嫡出子の相続分に関する考えはこの改正要綱試案と同じであろうと思われます。ところが、同じ東京高裁で、平成3年には本件と同じ規定を合憲と判断しています。このような差異はどこから生じたのでしょうか。1つには、この2年ほどの間に国民感情が変化したことを掲げることができましょう。しかし何よりも、両判断で決定的に異なる点は、合憲性を審査する基準の違いにあります。
 東京高裁の平成3年の判断は、「適法な結婚に基づく家族関係を保護する」という目的を達成するためにどのような法規定をつくるかという点については、立法府である議会の裁量に相当広く任されていると考えており、明白に違憲(14条、法の下の平等)であると認められない限りは合憲とみるゆるやかな審査基準を適用しています。
 しかし今回の東京高裁の判断は、適法な婚姻による家族関係の保護という立法目的は認めたものの、それを達成する手段が、実質的合理的な根拠をもつものといえるかどうかの点を審査することが許されると考えるもので、この立場から法の下の平等(憲法14条)違反を結論したものです。

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 本件のような場合いかなる審査基準を適用すべきか、その結論は合憲が違憲かについては、今後の最高裁判所の判断を待つしかありません。しかしながら、立法による解決の方向としては、すでに国際的にも嫡出子と非嫡出子の間の制度的な差別は撤廃されており、国連児童憲章などからみても、今回の東京高等裁判所の決定と同一方向に推移するものと思われます。
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 この後、平成6年11月30日にも、同じく東京高裁において、非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とするのは違憲であるとの決定が下されています。そして本文事件(H5.6.23東京高裁決定)とこの事件は、ともに、上告審へ特別抗告されることなく、確定しました。
 一方、本文で取上げられた東京高裁の平成3年の合憲判断は最高裁へ特別抗告され、その結果、平成7年7月5日、多数意見10人・反対意見5人で「合憲」との決定が最高裁で下されました。
 また、立法においては、夫婦別姓問題と並び、現在、民法改正をにらんだ主要な争点のひとつになっています。




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