「名義上の会社の取締役になっているが、それを辞めるにはどうすればよいか。」という質問をよく受けることがあります。ここで、その説明をしてみましょう。
1 株式会社や有限会社の取締役(いずれも、ここでは、代表権のない取締役を指します)は、株主総会や社員総会でいったん取締役に選任された以上、会社が消滅するまで絶対に辞任できないといったものではなく、“いつでも”辞めることができます。これは、名義上の取締役であろうと実質上の取締役であろうとまったく同一です(商法254条3項、有限会社法32条、民法651条)。
ただ、その辞任が、会社のために不利な時期になされた場合は、その損害賠償の責任を負わねばなりませんが、それも取締役にとってやむを得ない事由があるときは損害賠償の責任はありません。
2 辞任の意思表示(通知)
(1) 辞任をするには、その意思表示をしなければならず、その辞任の意思表示(通知)は会社の代表者宛になされ、しかも、同人にその通知が到達しなければなりません。
したがって、会社の代表者に面談(口頭で通知)をしてもよいわけですが、あとで「言った。言わなかった」と争いになるおそれがありますので、書面ですることが望ましく、それも内容証明郵便で通知をしておくと安全です。
なおこの辞任は、相手方たる会社代表者の承諾を得る必要がありませんので、たとえ、会社代表者が、取締役からする辞任の通知に対して拒絶の意思を表示しても、辞任通知が会社代表者に到達した以上、法律的には、辞任の効力は発生します。
(2) 会社代表者の所在が不明の場合があります。この場合の通知は、「公示の方法」という方法ですることができます。
これは、会社代表者の最後の住所地の簡易裁判所に申し立てることによって開始され、「裁判所書記官が、取締役辞任の通知書を保管し、いつでも会社代表者に交付する旨」を裁判所及び市役所・町村役場等の掲示場に掲示してなされるのが普通です。そして、市役所・町村役場の掲示場に掲示された日から2週間経過したときに、その辞任通知が、会社代表者に到達したものとみなされます。もっとも、会社代表者の所在不明ということに取締役側に過失があったときは、到達の効力は生じないものとなっていますから、会社代表者の所在をさがす努力は精一杯する必要があります。
なお、公示の方法の申立てには、公示費用を裁判所に予納しなければなりません。
3 取締役退任の登記
(1) 会社の内部関係においては、取締役の会社の代表者宛の辞任通知の到達によって取締役辞任の効力は生じていますが、対第三者関係においては、取締役の選任自体が登記事項となっているので、辞任についても退任の登記をする必要があります。したがって、その登記をしなければ、辞任したことを知らない第三者に対して、「自分はすでに取締役を辞任している」ということを主張することができません(商法12条)。
(2) このため、退任の登記が早急になされることが必要ですが、通常、それは会社代表者が、証明書類を添付して法務局に申請することによりなされ、これを怠れば、過料の制裁を受けることになっています(商法188条3項、67条、498条1号)。
しかし、それにもかかわらず、会社代表者が退任の登記手続きをしない場合には、裁判所に登記手続きをなすべき旨の訴訟を提起し、判決を得て変更の登記をするほかありません。この訴訟は、特別の事情のない限りすぐに結審されて判決が得られるものと見込まれますが、変更登記までの間に第三者関係で問題が生じる心配があるときには、あらかじめ、自分がすでに取締役を辞任している事実をその第三者に通知しておくことが賢明です。
4 ところで、会社の代表者自身が辞任したい場合の方法ですが、他にも会社の代表者がいるときにはこの者に対して辞任の通知を行います。
しかし、代表者の辞任によって他に代表者がいなくなるときには、取締役会を開いて後任の代表者を選任すると同時に辞任することになります。