「保全処分」(仮差押・仮処分)を整備する
民事保全法の制定
〜平成3年1月1日施行〜

(これは平成3年1月1日施行され「そよ風」51号に掲載されたものに加筆したものです)

判決を待てないとき──とりあえず権利を守る→「保全処分」


 これまでどこかで、仮差押(かりさしおさえ)とか仮処分(かりしょぶん)という言葉を聞かれたことがありますか。これらの制度はどちらも、「保全処分」といわれ、裁判をして判決をもらうまでの間、一方にとってあまりに不利な事態が発生したり継続したりすることを防止するための制度です。
 実情として、裁判は、2年、3年と、長期化するのを避けられない場合があります。しかしそれでは、裁判をしている間に現在ある状況が大きく変化して困ることがあります(たとえば、(a)損害賠償請求の相手方が財産を浪費したり隠匿してしまう、(b)違法建築の工事がどんどん進んでしまう)。また、裁判が続いている間そのままの状態で判決を待っていたのでは、一方に対してあまりにも大きな不利不便を及ぼすときがあります(たとえば、(a)判決で違法と確定するまでの間も通行妨害が継続している、(b)解雇の無効が判決されるまでの間も勤務できない状態が継続している)。
 「保全」制度は、このようなときに、本式に裁判をして決着をつけるまでにこれに先立って、次の1・2・3のような形で、裁判にかかわる人びとの権利を支える役割を果たしているのです。

  1.  支払請求の相手方がお金や財産をなくしてしまわないように、裁判所の命令を得てあらかじめ相手方の財産を仮に差押さえておく(仮差押)。

  2.  隣が建物を建てかえるについて自分の土地にはみ出すような土台の基礎工事をやっているとき、除去の判決が出るまで、裁判所に、現状のまま建築工事をさせないでおく命令を出してもらう(工事続行禁止仮処分)。

  3.  労働者が解雇されたときに、解雇の当否を裁判で争う間、とりあえず従業員としての身分を認める命令を出してもらう(仮の地位を定める仮処分)。

保全処分の体系を民事保全法で一本化


 ところでこの保全処分の制度は、これまで「民事訴訟法」という法律と「民事執行法」という法律の2つの法律の中に規定がおかれていました。それを、平成3年より、その役割にふさわしい独立の法律「民事保全法」として制定しました。そしてこれを機会に、これまでの制度を、国民の権利実現をすみやかに行う、それまで法文のないまま実務化されていた運用を補正して成文化するなどの改善を行ったものです。
 言いかえると、民事の裁判手続きを定める法が「民事訴訟法」、民事判決を強制執行する法が「民事執行法」ですが、「民事保全法」は、裁判期間中の権利行使や裁判の結論の実効性の確保についても配慮して、国民の裁判を受ける権利を保護する法律であるといえましょう。

柔軟な審理で処分の迅速化を実現


 まず、従来の仮差押や仮処分の審理(裁判所へこれらの命令を申請したときや出された命令に不服で異議申立てがなされたときに行われる)は、判決手続きといって、当事者双方を対等にあつかう厳格な手続きによることが制度上は原則とされたため、事件の個性に応じた柔軟な審理ができず、しかも時間的にも相当長期間を要するという実情がありました。
 そこで民事保全法の制定においては、保全処分が本裁判の判決がなされるまでの暫定的な措置であることに留意し、実質的に不公平にならないように考慮しつつもすべての審理をできるだけ柔軟に行うものとしました。
 すなわち、審理は、書面審理や、審尋(裁判官が直接当事者の一方または双方から話をきく)、口頭弁論(申請人・相手方が裁判官をはさんで弁論する)を適宜組み合わせて柔軟に行うことができ(3条)、裁判も、「決定」といって、判決よりも軽易な形式で行うことができるものとしました(16条)。これによって事件の審理をできるだけ早めようとするものです(ただし、前述の仮の地位を定める仮処分のようにとくに公正性に留意すべき手続きや不服申立ての手続きにおいては、つねに関係者双方が立会い、不意打ちがないようにされています。23条2・4項)。

当事者の不当な入替りによる裁判の繰り返しを防ぐ


 これまでよく利用されている仮処分には、以下のようなものがあります。

1 処分禁止の仮処分
 たとえば、相手方から不動産を取り戻したいケースで、裁判中に、相手方がその物件を他に売却してしまうと、相手方に勝訴しても強制執行ができず、また改めて不動産を転得した買主を相手に裁判を起こさなければならない。
 そこで、裁判に先立って、相手方による不動産処分を禁止する仮処分命令を得て、処分禁止の登記をしておく。

2 占有移転禁止の仮処分
 たとえば、不法占拠者に家屋の明渡しを求めて勝訴しても、裁判中に相手方が他の者(いわゆる占有屋と呼ばれている人たちなど)に入れ替わってしまっていたりすると判決は執行できない。また、その入れ替わった連中を相手に裁判を起こさなければならない。ときには占有屋に金員を払って不本意な示談をする羽目になる。
 そこで、裁判に先立ち、他の者に占有を移転することは禁止する旨の仮処分命令を得て、裁判の繰り返しを避ける。

 しかし従来は、これら1・2のような仮処分(むずかしいですが、当事者恒定の仮処分といいます)についての規定が十分でなく、ほとんどが解釈・運用でまかなわれてきました。民事保全法の制定により、これらについても成文化され(53〜55条)、このような仮処分が適切に行われることにより、相手方の裁判中の背信行為の余地を封じ、善良な国民が繰り返し裁判を起こさないですむようにとの配慮を明確にしました。



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