ニュースの目

裁判離婚に変化の兆し

〜有責主義の緩和〜


(昭和62年9月2日付日本経済新聞夕刊より)

有責配偶者の離婚請求―― 最高裁、条件付き認める
高裁に差し戻し…別居期間など考慮

 妻を捨てて愛人のもとにはしり以来38年間別居を続けている夫が離婚を求めて起こした訴訟の上告審判決が2日午前、最高裁大法廷で言い渡された。矢口洪一裁判長は、夫が婚姻関係の破たんに責任のある「有責配偶者」であると認定し、「有責配偶者からの離婚請求であっても、別居期間が夫婦の年齢、同居期間と比べ相当長期に及び、また養育を必要とする小さな子(未成熟子)がいない場合は、相手方の配偶者が離婚によって精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状態におかれるなど特段の事情がない限り、離婚を認める場合もある」との判断を示した。そのうえで本件は別居期間の長さなどから請求を認め得るが、離婚によって妻が受ける不利益について審理を尽くしていないとし、離婚請求を退けた2審東京高裁判決を破棄、同高裁に審理のやり直しを命じた。


  不倫・暴力・遺棄など結婚生活を破綻させる原因を作った当のご本人(これを有責配偶者といいます)から離婚を請求することは、これまで、一切認められない、とするのが最高裁判所の判例(昭和27年)でした。勝手に愛人をつくった夫が、妻に対して、もう同居できないから出て行け、といったタイプの離婚請求が許されるならば、それでは妻は、まったく俗にいう「踏んだり蹴ったり」であり、法というものは、このような不徳義な勝手気ままを許すものではないとする(有責主義)のが従来の立場でした。
 ところが、このたびの最高裁の判決は、夫婦が共同生活の実体を失って長い期間が経過し、もはや回復の見込みがまったくない状態になったときは、有責配偶者からの離婚請求も信義則(信義誠実の原則、民法1条)に照らして許されることがあるとしました。
 最高裁判決は、信義誠実の原則に照らして離婚を認めうる条件として、@夫婦の別居が相当の長期間に及ぶこと、Aまだ養育を必要とする未成熟の子どもがいないこと、B相手方が離婚で経済的・社会的・精神的に過酷な状態にならないこと、の3点を指摘しました。
 この判例を機に、「子供が成人し妻との別居期間が20年〜30年と長期化していれば、あとは慰謝料さえはずめば離婚が認められるようになる」のではないかと観測されます。経済的不利益を慰謝料などで補填する必要のない夫婦の場合であれば、今後有責者側からの離婚請求が、主として長期の別居期間の経過を確認することによって、許されるようになるかも知れません。しかしこれからはいつでも有責者側からの離婚が認められるというわけではないことは勿論です。このたびの判決は、従来の有責主義を放棄したものではなく、なおこれを基本としながら、長期の別居などにより不合理が目立ってきた場合に限り種々検討の上で離婚への門戸を開こうとするものです。
 裁判上の離婚条件である「婚姻を継続しがたい重大な事由」の認定も従前どおり慎重に行われ簡単に緩和されることはないと思われます。ただし、裁判に至らない離婚調停や協議離婚の話し合いの場には今回の判決はかなりの影響を及ぼすものとみられます。
 また、有責配偶者からされた離婚請求であっても、@それが相手方配偶者の有責行為から誘発され夫婦双方とも有責のケース(夫の女性関係を昔の恋人に相談しているうちによりが戻り恋人といっしょになるために夫に対して妻から離婚を請求)、A有責事由が婚姻関係の破綻後に生じたようなケース(妻が家出してから何年も子育てと仕事をしてきたが最近ある女性といっしょになった。妻と正式に別れたいと夫が離婚を請求)では、これまでも裁判所は、離婚請求を認めてきており、これからもその方向は変わらないものと見込まれます。
[コメント]
その後、裁判は上記の最高裁の考え方に沿って行われており、現在、一定期間(5年程度)別居すれば、責任のいかんを問わず離婚を認める破綻主義を法律で定める動きも進んでいます。



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