[この記事は、人材派遣業法が制定された当時、1986(昭和61)年6月の「そよ風」23号の記事に加筆したものです。現在では、対象職種が原則自由になるなど、大幅に改正されています。法制定・改正の変遷の資料としてご参考にしてください。]

新しい就労形態への対応

"人材派遣業"法の制定

S61.7.1スタート

 左のグラフをご覧ください。今や業務のすべてを自社の社員で賄わず、業務処理・情報処理・清掃・警備などさまざまな分野を他社の社員に委ねることは通例となってきています。
 こうした実態を法的に認め、不安定な労使関係・労働条件を整備しようと制定されたのが、一般に「人材派遣業法」と呼ばれているものです。

まだ新しい「人材派遣業」


 “終身雇用”・“年功序列”という日本企業独特のシステムは、従来から臨時工(現在のパートタイマー)・社外工などの存在に支えられながら、諸外国に例をみない高成長をとげる要因ともなってきました。ところが昭和50年代以降、これまでとは異なった新しい形での社外労働力の必要が生じてきたのです。
 その大きな背景は、(1)産業の高度化にともない、特別な技能をもった専門的な労働力(たとえばプログラマー、キーパンチャー、テレックス・OA機器の操作など)が大量に必要となってきたこと、(2)しかもオイルショック以降の低成長時代に入り、これら専門家を自社内で多年を費やして育成・確保する余裕はなく、身軽な企業経営にとっては、必要なときのみ即戦力として使える労働力をすぐ入手できるシステムが急務とされたこと、(3)働く側にとっては、労働への価値観が多様化するとともに、増大する女性労働者や高齢労働者がとりわけ働く形態の多様化を求めるようになってきたことがあります。
 そしてこの要請に応えて、いわゆる「人材派遣」を行う企業が急成長を遂げました。最近では、大手商社も自社の退職した女性を中心に登録するなど、この業界に続々進出してきています。

従来法では「人材派遣」は違法


 もともと、職業安定法(昭和22年施行)では、私的な労働者供給事業はきびしく禁止されています(44条)。これは、戦前、港湾労働者や建築労働者が“人夫供給事業”の名目でタコ部屋に入れられ給料をピンはねされ、しかもそれが暴力団の資金源ともなっていたことへの反省から制定されたもので、強制労働や中間搾取から労働者を守ろうとする人権思想のあらわれです。
 そして現行職安法は、職業紹介・斡旋機構として、次のもののみ認めています。

ア.公共職業安定所

イ.有料の民営職業紹介事業



有料の職業紹介事業ができる職種
(1)美術家   (2)芸能家  (3)科学技術者  (4)医師
(5)歯科医師  (6)薬剤師  (7)助産婦    (8)看護婦
(9)医療技術者 (10)歯科医療技術者 (11)服飾デザイナー
(12)映画演劇技術者 (13)弁護士 (14)公認会計士 (15)弁理士
(16)経営管理者 (17)生菓子製造技術者 (18)家政婦 (19)理容師
(20)美容師   (21)着物着付師 (22)配ぜん人  (23)モデル
(24)調理師   (25)バーテンダー (26)クリーニング技術者
(27)通訳    (28)マネキン  (29)観光バスガイド


ウ.無料の民営職業紹介事業

エ.労働者供給事業図の2参照)

 ところで、上のア〜エとは別に「請負」という制度があり(図の3参照)、今回の法案で“人材派遣業”とされる職種は、従来はこの制度を援用して解釈されてきました。
 しかし、「請負」は本来、請負業者が作業の完成に全責任を負い、労働者の指揮・監督にもあたり、使用者としての義務をすべて負うもので、自らの機械設備あるいは専門的技術を使って行うものとされています。
 これに対して現行の“派遣労働者”は雇用実態も不明確で、誰に雇われているのかもはっきりせず、したがって労働条件も野放しと大きな社会問題となってきました。


2種類の事業を公認


 1986(昭61)年7月1日からスタートした「人材派遣業法」(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律)は、この“派遣業”を法的に定め、そこで働く労働者の権利保護をめざすものです。
 ややむずかしい言いまわしですが、同法は、労働者派遣を「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させること」(2条)と規定し、これを業として行うことを労働者派遣事業と定義づけしています(図の4参照)。これによって、派遣元事業主と労働者との間の雇用関係と責任関係が明確にされた場合に限って、従来原則として禁止されていた労働者の供給事業が認められることとなりました。
 「労働者派遣事業」は、登録型の一般労働者派遣事業(派遣労働希望者を登録しておき、注文があったときにその中から適任者を雇用して派遣するタイプ。労働大臣の許可が必要とされる。)と、常用雇用型の特定労働者派遣事業(派遣会社が労働者を常時雇用して、必要に応じて派遣するタイプ。雇用が比較的安定しているということで、労働大臣への届出制となっている。)に2大別されます。どちらも人数・料金・その他必要事項を記載したうえ、定期的に事業報告・収支決算書を提出することが義務づけられ、無制限に誰でもが事業に参画できないようチェックが行われます。

派遣業種を限定


 まず、港湾・運送・建設の各業務は、この法律による人材派遣の対象とはならないので注意を要します(4条1項)。そして、[1]専門的な知識・技術・経験を必要とする業務、[2]就業形態等の特殊性があり特別の雇用管理が必要となる業務だけが本法の適用を受け、具体的には次の表の13業務(その後、改正により、26業務へ、さらに現在では職種は原則自由化されています)が政令により適用対象職種と定められました(令2条)。


「人材派遣業」の適用業種〔法制定当時〕
(1)情報処理システムの設計・保守、プログラム設計・作成・保守
(2)電子計算機・タイプ・テレックス等事務用機器の操作
(3)通訳・翻訳・速記
(4)法人代表者等の秘書
(5)文書等ファイリング・分類
(6)市場調査とその整理・分析
(7)貸借対照表・損益計算書等の財務処理
(8)外国貿易等に関する文書の作成
(9)電子計算機・自動車・高度機械の性能・操作方法の紹介・説明
(10)旅程管理業務・旅行添乗員・空港での送迎サービス
(11)建築物の清掃
(12)建築設備の運転・点検・整備
(13)来訪者の受付・案内、駐車場等の管理

派遣労働者の保護


 まず、派遣労働者の適正な就業を確保するため、派遣元事業主と派遣先との間で労働者派遣契約が交わされ、業務の内容・就業場所・日時・休憩時間などの就業条件が定められますが(6条)、これは、あらかじめ派遣労働者に明示されなければなりません(34条)。
 第2に、派遣期間は労働大臣が定める期間をこえてあまり長期におよばないように規制されます(4条2項)。これは派遣先の正社員が派遣労働者に地位を脅かされるおそれへの配慮です。しかし、派遣労働者が派遣元事業主との雇用関係の終了後、派遣先であった者に雇用されることは職業選択の自由の一環として保障されます(33条)。
 第3に、派遣元事業主は、派遣・就業が適正に行われるよう努力し、福祉の増進をはかるなど、雇用の安定と労働条件の向上のために努め、派遣先が法に違反することのないよう配慮するなど、さまざまな責任が設けられています(30・31条)。
 第4に、派遣先も就業条件を遵守し、苦情の申し出があったときは派遣元事業主に通知のうえ適切かつすみやかな解決が求められます(39〜43条)。

労働基準の振り分け等


 労働争議中の事業所に人材派遣を行うことは、争議への不当介入の結果をまねくおそれがあります。このため、本法の制定とともに改正された職業安定法の中に、労働争議に対し中立的立場を維持すべき旨がもりこまれました(職安法46条)。
また同時に、労働基準法労働安全衛生法など労働関係法も改正され、責任の所在がこまかく決められています。

残された課題


 とはいえ、この新制度で派遣労働者の権利は十分守られるのかどうか、不安定雇用とならないか、逆に正社員の存在を脅かさないか、派遣元事業主へのチェックは万全か、また適用職種は適切かどうか等々、問題点は多数あげられます。そこで、既存の職業安定制度を強化することに力を入れることと、新法の施行後3年でもう一度見直し、必要な措置を講ずることがもりこまれました(附則4)。
 従来職業安定法で禁止してきた営利目的の労働者供給事業を、「派遣業」という形で、限定した範囲ではあれ認めたわけですから、これからの運用がより慎重に行われることが望まれます。




ホームページへカエル
「労使トラブルQ&A」目次にもどる
次のページ(育児・介護休業者の代替には業種問わずOK−人材派遣法改正)に進む