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裁判員制度(下)
H21.5.21スタート
「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」
◆◆当日、裁判所へ出向いたら◆◆
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前号では、裁判員候補者に呼出状が届いたところまでの説明をしました。今号は、いよいよ、選任手続期日に裁判所に出向いてからの話をしましょう。
当日、裁判所に出向くと、まずは、あなたが担当することになるかもしれない事件について、被告人の名前や罪状など事件の概要が初めて説明されます。
事件に関連する不適格事由
・事件の被告人または被害者
・被告人または被害者の親族あるいは親族であった人
・被告人または被害者の法定代理人,後見監督人,保佐人等
・被告人または被害者の同居人あるいは被用者
・事件について告訴・告発等をした人
・事件の証人または鑑定人になった人
・事件について警察官等として職務を行った人 など
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そしてふたたび、最後の質問票(当日用)です。ここで調査されるのは、それまでのようにあなたの都合ではなく、担当予定の事件や当事者にあなたが関係していないか、担当事件に対して不公平な裁判をしないかが調べられることになります。当然ながら、事件に関連する左表の人は裁判員になれませんし(17条)、その他不公平な裁判をするおそれがあると裁判所が認めた人も除外されることになります(18条)。
質問票に記載が終わると、裁判官・検察官・弁護人(弁護士)の立会いのもとに、質問手続きが行われます。事前に送付した質問票と当日の質問票を踏まえて、改めて事情が確認されるものです。事前に辞退を申し出ても認められず当日呼び出された人も、ここで改めてくわしい事情を話して辞退を認めてもらうこともできます。
こうして、事件に関連する不適格事由のある人や辞退を認める人たちを候補者から除くと同時に、さらに、検察官と弁護人は、それぞれ四人まで、理由を告げずに候補者を拒否することができます(36条)。そして残った裁判員候補者の中から、最終的にくじで、6人の裁判員が決められるのです(必要に応じて補充裁判員(ことば欄参照)も決められることがある)。
ここまでが、呼出日当日の午前中の予定です。
裁判員・補充裁判員に選ばれなかった人は、この時点で帰宅することができます。そしてこれらの人たちは候補者名簿から削除されるため、その年にふたたび呼出状が届くことはありません(当日辞退を認められた人はダメ)。また万一、翌年も裁判員候補者名簿に選ばれるようなことがあっても、調査票にその旨を書けば辞退が認められることとなります(当日辞退が認められた人はダメ)。
さあ、選ばれたあなたは、ついに、裁判員としての仕事のスタートです。当日の午後から続けて、法廷での審理が始められることとなります。
* * *

これまでの刑事裁判では、月に1〜2回のペースで開かれる法廷で、大量の証拠が五月雨(さみだれ)的に提出され、裁判官は法廷外で大変な時間と労力をかけてこの資料を読み込み、さらに検察官と弁護人の駆け引きで審理日程が決まり……ようやく判決に至っていました。しかし、一般の人を迎えての裁判員裁判ではそうはいきません。
そこで、公判前整理手続がとられることとなり、裁判員制度導入の準備として、すでに平成17年11月から実施されています。これは、裁判の前に、あらかじめ裁判官の指揮のもとに、検察官・弁護人が証拠を開示し、証明を予定する事実を双方が明らかにし、事実関係に争いがあるのか、争点はいったい何かを整理するものです。こうして主要な争点を絞り込んで、証拠の採否を決定し、具体的な審理計画を立ててしまいます。
しかも、裁判員裁判では、専門用語もできるだけ容易な言葉に置きかえられます。また主張も図表などを活用してビジュアル化するようにし、供述調書も法廷で検察官が長々と読み上げるのをただ聞くだけではなく、できるだけ証人尋問・被告人質問という形で直接に聞けるように配慮し、とにかくわかりやすい裁判がめざされます。これにより、概ね3日での公判が実現することになります。
初めての試みでどこまでうまくいくかはひとまずおいて、ご心配には及びません。大量のむずかしい書面を読んだりする必要はありません。法廷にいるのは1日5〜6時間、毎日午後6時ころまでには帰宅することができます。
ただ、法廷に出るために踏まえるべき、もっとも大切な大原則だけは忘れないでください。それは──
- (1) 「証拠によってのみ判断する」
- 事件について、すでにマスコミ報道等で内容をご存知かも知れません。またご近所のことで噂も聞いているかも知れません。しかし、裁判員として判断する際には、法廷で示された証拠、法廷で証人や被告人から聞いた尋問内容からのみ判断してください。けっして予断や偏見をもって臨むことのないよう、くれぐれも注意が必要です。
- (2) 「判断基準は”合理的な疑いが残らない程度”の立証がなされたかどうか」
- 刑事裁判で有罪が確定するまで、被告人は無罪と推定されます。被告人が犯人であることが確信できるだけの立証があって初めて、被告人は有罪とされます。こうした確信に至らないとき(合理的な疑いが残る場合)、被告人は有罪とされず無罪とされるのです(”疑わしくは被告人の利益に”)。
これが国際的な刑事裁判の原則です。審理にあたっては、このことを常に頭において、あとはあなたの良識で判断することとなります。
さあ、当日の午後、いよいよ公判が始まりました。刑事裁判は公開の法廷で行われ、あなたも裁判員として、裁判官と並んで一段高い席につくことになります。
公判は、大きく3つの手続きからなり、次の順序で行われます。

- A 冒頭手続
- <争点を明らかにする>
- (1)人定質問
- 被告人の氏名住所等をまず明らかにする。
- (2)検察官による起訴状朗読
- この起訴状の内容が裁判で争われる事柄となる。
- (3)被告人・弁護人意見陳述
- 被告人側の言い分を聞く。
- B 証拠調べ手続
- <証拠を取り調べる>
- (1)検察官の冒頭陳述
- 証拠によって証明しようとする具体的な事実を明らかにする。
- (2)弁護人の冒頭陳述
- 被告人側が主張する事実を明らかにする。
- (3)証拠の取調べ
- 調書や鑑定書の内容が読みあげられるのを聞いたり、凶器や現場写真を見たり、証人が尋問される内容を聞く(自ら質問することも可能)。
- (4)被告人質問
- 最後に被告人への尋問の内容を聞く(自ら質問することも可能)。
- C 弁論手続
- <検察官・弁護人の意見を聞く>
- (1)検察官の論告求刑
- 検察官が意見陳述し、最後に、被告人に対しどんな刑罰が相当かを述べる。
- (2)被害者の意見陳述
- 被害者やその遺族が希望する場合、法廷で自身の心情を述べる。ただしこの内容は犯罪事実の認定には用いられず、量刑にのみ参考とされる。
- (3)弁護人の最終弁論
- 法廷に出された証拠では犯人と認めるにはなお合理的な疑いがあり無罪である等、弁護人の意見を述べる。
- (4)被告人の最終意見陳述
- 被告人の意見・心情を最後に述べる。
これで公判手続はすべて終了です。
いよいよ評議室に入り、裁判官3名と裁判員6名で、密室での評議を行うこととなります(66・67条)。
まず判断するのは、有罪か無罪かです。法廷で取り調べた証拠に基づいて、被告人が起訴状に書かれた罪を犯したと確信できるかどうかを議論します。議論を尽くして全員の意見が一致すればそれに越したことはありません。もし議論を尽くしても意見が一致しないときには、多数決で決めることになります。その際、裁判官も裁判員も同じ1票をもちますが、ただ、有罪とするためには、裁判員のみの賛成ではなく、少なくとも裁判官1人の賛成は必要となります。被告人にとって不利な決定をするときには、必ず裁判官の意見も入っている必要があるからです。逆に、無罪の決定をするには、裁判員だけ5名の賛成でも構いません。
そして有罪との判断がなされれば、次にどのような刑にするか(量刑)について決めていきます。これまでの判例も参考に示され、あとは良識で判断することになりますが、当然ながら、量刑は法律で定められた範囲内での決定しかできません(最も重い刑でも無期懲役なのに死刑はダメ等)。ここでも、意見の一致をみないときには、多数決で決めることとなります。過半数の意見で、しかも少なくとも1人の裁判官の賛成を要しますので、もし意見が分かれて過半数の意見がない場合は、次のようにして結論を出すことになります。最も重い刑の意見の数を、次に重い刑の意見の数に足していき、過半数しかも裁判官の賛成もある状態になるまでこれをくり返し、結論を出します。
最後に、ふたたび法廷に戻り、判決の言い渡しに同席することで、裁判員の役目は終了です。
判決を言い渡すのは裁判長、評議の内容をまとめて判決文を作成するのも裁判官の役目です。裁判員は、判決文に署名等する必要もなく、名前も記載されることはありません。
裁判員・補充裁判員を勤めれば、その年にふたたび呼出状が届くことはありません。また、その後5年間は、たとえ裁判員候補者名簿に選ばれるようなことがあっても、調査票にその旨を記載して辞退することができます。
* * *
以上述べた手続きが、もっとも一般的な裁判員裁判として想定されているものです。裁判の内容、争点の多少等の個別の事情により、日程や手続きには変動が生じることがあります。
極端な場合、たとえば暴力団や右翼団体の事件で、裁判員への危害等が懸念されるような事件では、従来どおり裁判官だけで裁判を行うこともあります(3条)。
お疲れさまでした。でも、最後にもう一言。
裁判員には、役目が終了したあとも、守秘義務があります。評議の秘密その他職務上知り得た秘密を漏らすと、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金という重い刑に処せられます(108条)。もちろん、公開の法廷で見聞きしたこと(証拠や尋問内容等々)を話すのは自由ですし、判決の内容を話すのも問題ありません。あるいは裁判員としての一般的な経験や感想を述べることも構いません。
問題となるのは、密室で行われるべき評議の秘密です。どのような話合いで結論が出たか、誰がどんな意見を言ったか、各意見への賛成の数はいくつだったかなどは、けっして話すことはできません。また、評議以外でも、職務上知り得た秘密は対象です。たとえば、裁判員の名前や事件関係者のプライバシーに関することは話してはいけません。
これらはいずれも、評議の場で率直な意見を出し合い、公正な裁判を行うための大前提といえましょう。また、裁判員自身の安全を守るための規定でもあります。
* * *
裁判員法は、施行後3年を経過した時点で、改めて検討改善されることが予定されています(附則9条)。
裁判員にどれだけ負担がかかるのか、そのためのケアがどれだけできるのか、ほんとうに国民の良識が裁判に反映されるようになるのか、やってみなければわからないことは多数あります。また、取調べの全可視化など、刑事裁判手続をめぐっては論議が必要な点が残されており、一つずつ課題を解決する必要がありましょう。
<ことば欄>
- ☆ 補充裁判員
- 裁判の途中でもし裁判員の人数に不足が生じた場合に備えて、必要に応じて、補充裁判員があらかじめ決められる。
- 補充裁判員も、裁判には最初から立会い、評議も傍聴しておくこととなり、いざ裁判員に欠員が出た際には、正式に裁判員として選任されて、その後の審理・評議に加わることとなる。
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