新 法 登 場 〜平成20年3月1日施行〜
使用者と労働者の契約の基本ルールを定める
「労働契約法」の制定



 あなたは労働契約を結んでおられますか?「イヤー、私は……」いえいえ、誰かの指揮・命令のもとに働き、これに対して賃金を支払うとお互いに合意しているなら、つまり、これは立派に労働契約が成立しているのです。でも、人を雇ったり雇われたりしても、現実に「労働契約」など意識したこともない──これがわが国の実情ではないでしょうか。
 わが国の労働法制の中に、ニューフェイスが登場しました。「労働契約法」です。

急激に変化する雇用形態・労働市場……新法誕生

 日本では、労働契約について、これまで特別な法律はありませんでした。民法の中で、契約の一種として規定されているだけです(3編2章8節「雇用」)。ところが、労働者と使用者の間には、厳然として大きな経済力や交渉力の格差があります。民法はこれらは無視して、対等な契約関係として解雇の自由も盛り込んでいます(627条)。
 一方、こうした大きな経済力や交渉力の差を補完するためには、「労働基準法」や「最低賃金法」などが制定されました。罰則も伴うこうした特別法を作り、行政の監督のもとに労働者の保護がはかられているのです。あるいは、労働者には団結権や団体交渉権が認められ「労働組合法」等が制定されています。


 そして実際、わが国では、日本型終身雇用制という長期安定的な雇用関係が定着していたため、「労働契約」など意識せずに長い間すごしてきたものでした。そうした中でも、トラブルが発生すると裁判で争われ、労働契約について一つ一つ判例が重ねられることによって、いわゆる「判例法理」ができあがってきました。たとえば、解雇権の濫用は許されないなど……

 ところが、バブル経済が崩壊した1990年代半ば以降、リストラは進み、労働環境は大きく変化しました。非正規社員は全体の4分の1から3分の1へと増大し、パート、派遣社員、契約社員、裁量労働、フレックスタイム等々、さまざまな雇用形態が発生してきました。これに伴って、個別労働紛争は飛躍的に増加して、労働裁判の数は実に3倍以上となりました。
 こうした状況では、今までのように、「労働契約」を判例の積み重ねというわかりにくい形で放置することは適当ではありません。きちんと法律としてまとめて整理する必要が発生したわけです。
 そこで、改めて「労働契約法」が初めて制定されました。ただし、労使それぞれの立場から主張がなされ、結局、今法では新たな政策や制度はまったく盛り込まれず、これまでの主要な判例をそのまま条文に移行しただけの小さな法律としてスタートしています。

労働契約に5つの原則 労使対等の立場で合意を

 「労働契約法」が定めるのは、使用者と労働者が契約を締結・変更等する際の基本的なルールです。
 まず、労働契約について、5つの原則が定められました(3条)。

 こうした原理・原則が再確認されたことで、たとえば、家庭生活を省みない一方的な労働条件の変更にはノーという根拠ができたことになります。
このほか、使用者は、労働契約の内容を書面で確認するなどして、労働者の理解を深めるようにすること(4条)、さらに、労働者の生命・身体の安全、心身の健康に配慮すること(5条)も定められています。

就業規則の一方的で不合理な不利益変更は禁止!

 「労働契約法」では、就業規則の位置づけについても明らかにされました。
 就業規則(労働条件などを定めた規則)は、労働基準法89条により、常時10人以上の従業員を抱える使用者に作成が義務づけられています。日本では、使用者との間で労働内容を個別に定めた個々の労働契約が締結されることはほとんどありません。使用者が一方的に定める、この就業規則が、現実には労働契約の内容となっていることが多く見かけられます。
 まず、職場に就業規則があるなら、これが合理的な内容であり、しかも、労働者に周知している(いつでも見られる状態にしておく)限り、これが労働条件となります。ただし、個々の労働者がこの就業規則と異なる個別の労働条件で合意したときは、その合意内容がその労働者の労働条件となります(7条)。もっとも、その合意内容が、就業規則を下回る条件であるときは、その部分は無効で、就業規則が労働条件となります(12条)。
 労働条件の変更は、労使の合意によって行なわれます(8条)。そして就業規則も、労働者の合意なしに、使用者が一方的に、労働者に不利に変更することは原則としてできません(9条)。ただし、(1)その変更がいろいろな事情(不利益の程度・変更の必要性・変更内容の相当性・労働組合等との交渉の状況など)を考慮して合理的であり、(2)労働者に周知させているなら、不利益変更をも認めるものです(10条)。
 また、就業規則が、法令や労働協約(就業規則は使用者が作成するのに対し、労働協約は労使の合意で作成される)に反する場合は、当然ながら、就業規則の当該部分は適用されません(13条)。

出向・懲戒・解雇――権利濫用があれば無効!

 雇用条件について規定がおかれたのは、出向・懲戒・解雇についてのみです。

 <出向>
  その必要性・労働者の選定事情等に照らして権利濫用があれば無効となる(14条)。
 <懲戒>
  当該行為の性質・態様等の事情に照らして客観的合理的な理由がなく、社会通念上相当でないなら、それは権利濫用であり無効となる(15条)。
 <解雇>
  客観的合理的な理由がなく、社会通念上相当でないなら、それは権利濫用であり無効となる(16条)。

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 とくに期間の定めのある「有期労働契約」を結ぶ場合については、以下の規制をおきました(17条)。

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 以上、いずれも、いかにも抽象的でわかりにくい規定となっています。しかし、現実に、労働契約の中身や労働環境は千差万別です。トラブルが発生すると、個別の事案に即して、個々具体的に判断されることとなります。
 新たに出発したばかりの新法は、これから具体的な事例によってさらに育てられていくことが期待されています。




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