自殺の防止に社会全体で取り組む
自殺対策基本法の制定
H18.10.28施行



3万2000人――  世界有数の自殺率…


 いじめを苦にした子どもたちの自殺が連日報道されています。リストカット、インターネットを通じた集団自殺など、近年みられる痛ましい事件も後を絶ちません。また、生活苦から、仕事上のストレスから、老齢者が病気を苦に……そして自殺に至らずとも、身近にうつで悩む人は大勢います。

 平成17年の自殺者数は3万2552人、交通事故による死者の実に5倍近くもの方が自ら命を絶っています。平成10年に3万2000人を超えて以降、8年以上にわたり3万人を切ることはなく、悲惨な高水準が続いています。これは諸外国と比べても突出した高い数字です。欧米先進国やお隣の韓国・中国などの自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)が7.5〜17.5人なのに対し、日本の自殺率は25.5人に達しているのです。
 しかも、自殺未遂者は自殺者の10倍以上にのぼるともいわれ、今や自殺問題はわが国にとって深刻な社会問題となっています。

社会全体で自殺問題に取り組む

 自殺の防止をはかり、少しでも自殺者を減らすために(当面の目標は10年で急増以前の水準に戻す)、同時に、遺族や残された人々への心のケアをも含めた総合的な自殺問題への対策を講ずるために「自殺対策基本法」が制定されました(平成18年10月28日施行)。
 まず、4つの基本理念が定められています(2条)。

1 社会的な取り組みとして行うこと
 自殺に追い込まれた背景には、経済・文化・医療等々さまざまな社会的要因があります。単に個人的な問題としてとらえていては解決しません。
2 自殺の実態に即して行うこと
 多様で複合的な原因を調査研究する必要があり、単にうつ病対策などメンタルヘルスだけの対策では解決につながりません。
3 各段階に応じた効果的な対策をとること
 事前予防のための措置、早期発見を含めた自殺をさせないための危機への対処、そして自殺後の遺族や未遂者への対応と、3つの段階に応じた適切な対策が必要です。
4 関係者の密接な連携のもとに行うこと
 国・地方公共団体・医療機関・事業主・学校・民間団体等々、自殺の原因に応じて広く関係者が協力しあう必要があります。

各段階・各職場地域での適切な対応で自殺を防ぐ

 基本理念に基づき、国と地方公共団体がとるべき基本的施策も9つにわたり明記されました(11〜19条)。

(1) 調査研究の推進
 情報の収集・整理・分析・提供を行う。中心的役割を担う組織として「自殺予防総合対策センター」が設置。
(2) 国民の理解の増進
 教育・広報活動により、誰もが直面する可能性のある身近な問題として自殺を正しく理解する。
(3) 人材の確保
 自殺対策に携わる人材の養成・確保そして資質向上に努める。
(4) 心の健康保持のための体制整備
 職場・学校・地域のそれぞれの場で、カウンセリングや相談体制を整える。
(5) 医療提供体制の整備
 早期に、適切に、精神科医の診療が受けられるような体制をつくる。
(6) 自殺発生回避のための体制整備
 早期に発見し、適切な相談機関(たとえば借金苦なら法律相談も)や医療機関につなげる。
(7) 自殺未遂者への支援
 再発することのないよう、継続的なケアを行う。
(8) 自殺者の親族等への支援
 残された者は喪失感に加え自責の念で深刻な心的ストレスを抱えることとなり、ケアが必要である。
(9) 民間団体の活動への支援
 「いのちの電話」などの相談活動、遺族の支援活動等々を行う団体に情報提供・財政支援等を行う。

自殺対策基本法をてこに  始まる本格的な取組

 そして、国には自殺対策を総合的に策定・実施する責務があることが明記されました(3条)。内閣府には、特別の機関として「自殺総合対策会議」が設置され、大綱の原案を作成するほか、関係する広範な各省庁(警察庁・総務省・法務省・文部科学省・厚生労働省・農林水産省等々)相互の調整をはかり、効果的に施策が実施されることが目指されます(20・21条)。政府は、毎年、国会に対して、自殺問題の現状とそれに対する実施状況を報告することとなります(10条)。この基本法により、政府には、自殺対策のための法律の整備や財政上の措置をとることが義務づけられました(9条)。
 さらに、地方公共団体には地域の実情に即した対策を策定・実施する責務が、事業主には労働者のメンタルヘルスケア(心の健康保持)のための措置を講じる責務が、それぞれとくに定められています(4・5条)。一方、国民も、自殺対策の重要性について、関心・理解を深めるよう努力することが明文化されました(6条)。
 自殺問題は、けっして一部の心の弱い人の問題などではありません。あなたを含めてあなたのすぐ身近な人たちの誰にでも起こり得る問題です。そして自殺の背景には、必ず、さまざまな社会的要因があって、死を選ぶのではなく、追い込まれた末に死に至るのです。この基本法により、自殺に対して社会として本格的に取り組むことが期待されます。
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 平成18年は、この「自殺対策基本法」のほかに、「住生活基本法」「がん対策基本法」も制定されています。こうした基本法は、確かに具体的なことを定めたわけではなく、いわばお題目を並べただけの法律ではあります。しかし、この基本法に基づいて、これから具体的な施策が行われることが約束されたわけで、この基本法を根拠に、国民がその権利を主張することも可能となります。基本法は、国と国民によって大事に育てられねばなりません。




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