強制執行をより確実に
養育費等の不払防止
財産開示手続の導入
〜民事執行法の改正〜
平成16年4月1日より施行



権利実現のために
   実効性ある民事執行法に

 たとえ裁判所で判決等を得ても、その内容を相手方が実行しないとすれば、それはまさに「絵にかいたモチ」で歯がゆい限りです。それでも、日本は法治国家であり、自力救済は許されていません。あくまで法律に則って手続きを進めるほかなく、裁判所または執行官だけに「強制執行」の権限が認められています。
 こうした手続きを定めたのが「民事執行法」であり、この法律によって、不動産を明け渡させたり、不動産や動産を強制的に競売したり、預貯金や給料などを差し押さえたりといったことが行われることとなります。
 しかし現実には、判決等を得てもこの「執行」ができないケースも多く、その実効性を高める必要がさまざまに論議されてきました。

養育料等の確保をめざし 将来分も差押える特例

 「絵にかいたモチ」の代表的なものが、養育料の支払いです。たとえば、離婚に際して養育費の支払いの取決めをしているのは35.1%にすぎず、しかも現実に継続して支払いがなされているのは、全体の20.8%にすぎません。親として子の養育は義務であるにもかかわらず、こうしたお寒い実態があります。そこで、このたびの民事執行法の改正で、養育費等の履行期前の差押えについて特例が設けられました(民執法151条の2)。
 たとえば、調停離婚などで未成年の子に対する養育費を定める場合、「相手方は申立人に対し、長女○○(平成○○年○○月○○日生)の養育費として、平成○○年○○月より同人が成年に達するまで1ヶ月金○万円ずつを毎月○○日限り申立人住所に持参または送金して支払う」といった、毎月数万円程度の少額の支払いを定めるのが通例です。
 しかし、強制執行の手続きは、支払期限が到来した後でなければ開始できません(民執法30条1項)。つまり、養育料が不払いになっても、その支払期限が過ぎた部分についてのみ強制執行ができるだけです。このため、不払いが積み重なれば、その都度手続きをするか、あるいは、執行手続きの負担を考えて、金額が相当額にまとまるまでは強制執行をがまんするほかありませんでした。生活費の不可欠な一部である養育費の強制執行はこんなに不便であり、実際にはあきらめることが多かったのです。
 そこで、養育費・扶養料について、1度でも不履行があれば、確定期限未到来の部分(支払日がまでやってこない将来の部分)についても、1回の手続きで強制執行ができる特例が設けられることとなりました。

特例対象は婚費分担・子の養育費・親族扶養料等

 特例の対象となる請求債権は、いずれも扶養義務等に基づく、次の4つのものに限られます。

これらについて、確定期限(支払日)を定めて定期的に受け取ることとなる金銭(定期金債権)が対象です。
 そして、このような定期金債権によって強制執行(差押え)を受けるのは、これも、給料など、継続的給付に係る債権に限られます。この「継続的給付に係る債権」とは、定期的に入ってくる収入ですから、具体的には、給料(ボーナスを含む)のほか、地代や家賃収入、自営業者なら商品や役務等についての継続的契約に基づく売掛金などを差し押さえることができます。
 一方、この特例によって、不動産を強制競売したり、預貯金などを差し押さえることは認められていません。

給与等から定期的に支払を確保

 差押えの対象となる財産は、請求債権の確定期限の到来後に弁済期が到来するものに限られますので、第3債務者(たとえば給与の支払者)は、自己の債務の弁済期(たとえば給与の支払時期)が到来するまでは、取立を拒むことができます。つまり、給与の支払時期ごとに対応する取立に応じることとなります。
 また、協議離婚で養育料については口約束だけといった場合には、強制執行の手続きはできませんので、きちんと公正証書にしておくか、あるいは支払督促といった法的手続きを踏む必要があります。(公正証書支払督促については、ことば欄参照

扶養義務に基づく債権は給与の2分の1まで差押

 さらに、差押えを受ける給料等の額についても、特例がおかれました(民執法152条3項)。
 通常は、給料・ボーナス・退職金などは、4分の1までしか差し押さえられないことと定められています(差押禁止債権、同条1・2項)。
 しかし、扶養義務に基づく前述の(1)(4)の債権については、2分の1まで差し押さえることができるようにしました。これにより、たとえ別れた夫が借金漬けで多数の差押えを受けていても、養育料については最低4分の1が確保されることとなります。
 いずれにせよ、養育費や扶養料の支払実現の実効性を確保するうえで注目すべき改正といえるでしょう。

何を差押えれば?
  財産開示手続の導入

 次に、「財産開示手続」について説明しましょう。
 強制執行はしたいけれど、いったい債務者にどんな財産があるかわからない──この場合も、従来はあきらめるしかありませんでした。債権者は、債務者の財産を自力で特定して、差押え等の申立てをする必要があったのです。
 そこで今回、新たに「財産開示手続」という制度が導入されました(民執法196〜203条)。これは、一定の債権者が、すでに強制執行したが全額は回収できなかったとか、あるいは執行してもダメなことが推測されることを証明して、債務者の住所地の地方裁判所に、財産の開示を命じてもらうものです。同様の制度が、ドイツ・アメリカ・韓国などでもすでに採用されています。
 申し立てることができるのは、一定の債務名義を有する金銭債権の債権者、あるいは、給与など一般先取特権をもつ者です。債務名義とは、強制執行で実現される権利の存在や内容を記載した公証文書のことで、確定判決やそれと同一の効力を有するものなどがあげられます(民執法22条)。もっとも、通常、債務名義となるもののうち、(1)仮執行宣言付の判決、(2)支払督促、(3)執行公正証書については、この財産開示手続の対象から除外されていますのでご注意ください(同197条1項)。

債務者は宣誓の上
自身の財産について陳述

 さて、財産開示手続に入る旨の決定が出れば、債務者は、財産目録を提出し、決められた財産開示期日には裁判所に出向かなければなりません。そこで宣誓の上、裁判所と申立人の質問に答えることとなります。この手続は非公開で行われます。
 もし、正当な理由なく、出廷せず、あるいは宣誓せず、または陳述しない場合、もしくはウソの陳述をしたときには、30万円以下の過料に処せられます(同206条1項)。逆に、申立人の方も、知りえた情報を目的以外に使用した場合は30万円以下の過料となります(同条2項)。
 何といっても、自分に不利益な事実を強制的に開示させるわけですから、当然、より厳格な運用が求められます。そこで、前述のとおり、債務名義を一般の強制執行よりきびしくしたり、あるいは開示期日は非公開とする措置がとられたものです。

濫用防止――3年に1度の上限

 さらに、金融機関やサラ金などが新制度を利用して、次々に開示申立をしたのでは、債務者は耐えられない事態となります。そのため、この財産開示を一度した者については、その後3年間は、同様の手続きはされないこととしました(同197条3項)。この3年の間に、もし財産開示手続の申立がなされた場合は、その申立人に対してだけ、前回の記録の閲覧ができることとなります。
 また、財産の開示は、もっている財産すべてを開示する必要は必ずしもなく、裁判所の許可を得れば、開示要求がなされた債権が十分弁済できる範囲内の財産だけ開示すればよいことになっています(同200条)。ただし、この場合は、3年以内に次の財産開示申立がなされたときは、再び財産開示に応じる必要があります。
 このほか、開示後退職したときや、開示後新たな財産を得た場合にも、3年に1度という前述の制限は認められませんので注意が必要です(同197条3項)。
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 今回の「民事執行法」の改正では、競売不動産の内覧制度(買受希望者に立入り見学を認める)や執行を妨害する占有屋への対策を強化するなど、ほかにもさまざまな改正がなされています。

ことば欄

☆公正証書
 契約書や遺言書など私的な権利に関する事実について、「公証人法」等に従って公証人(判事・検事などを長く勤めた法律家の中から法務大臣が任命。各地の法務局に所属して公務員に準ずる地位をもつ)が作成する文書。公証人の作成した文書には、強い証明力が与えられ、一定の要件を備えた公正証書は、とくに執行力をもつものとされ、「執行証書」と呼ばれる。
☆支払督促
 一定の金銭や有価証券の給付を請求する際、債権者の申立てだけで、債務者を審尋せずに、直ちに裁判所がその支払を督促するもの。債務者が一定期間内に異議を申し立てれば手続きは通常訴訟に移行する。一方、意義申立てがなければ、その決定が確定判決と同一の効力を有することとなる。
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