「便利になるの??」「プライバシーは??」
住基ネット平成14年8月5日スタート

〜住民基本台帳法の一部改正〜



 2002年(平成14年)8月5日から、住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)がスタートしました。これは、各市町村が作成・管理している住民基本台帳の情報の一部を、コンピュータで全国的な1つのネットワークにのせて、国や他の地方自治体などの行政機関でもその情報を利用できるようにしたものです。

長〜い住民票コードは何のため?

 皆さんのお手もとにも、すでに住民票コードの通知書が各市町村から届いているはずです(法7条13号、30条の2)。
 この住民票コードは、住基ネットでコンピュータが処理しやすいようにと付けられた番号です。11桁で100億通りの番号があり(残り1桁は整理用の数字)、順番ではなく、まったくの乱数で、地域や家族・性別等に一切関係なく、ランダムな数字になっています。つまり、このコード自体から個人を推測することは一切できません
 住民票コードは、基本的に、生まれたときに付けられて、一生同じ番号が使われることになります。ただ、本人が申し出れば、何度でも変更が可能です(法30条の3)。その際、一切変更の理由は必要ありませんが、希望の番号を選ぶことはできません。

住民基本台帳は原則公開  DMにも広く活用!?

 ちなみに、住民基本台帳にはこのほかに、氏名・生年月日・性別・住所・住民となった年月日・世帯主の氏名とその続柄・本籍・選挙人名簿への登録の有無・国民健康保険や介護保険の資格・国民年金の資格・児童手当の受給等について記載されており、これらが世帯ごとにまとめて整理されています。
 そしてこの住民基本台帳のうち、氏名・生年月日・性別・住所についての情報を書いた写しのファイルは、誰でも閲覧することができます(法11条)。閲覧する際には、その理由をいう必要があり、不当な目的に使用されるおそれがあるなら拒否することもできますが、たとえ営業目的であっても閲覧が禁止されるわけではありません。
 なぜなら、もともと住民基本台帳は、公開を前提につくられた制度だからです。近年のプライバシーに対する意識の高まりによって若干の法改正はなされましたが、今でも基本的には公開が原則です。こうしてダイレクトメールの業者は、年齢や家族構成まで把握した一覧を入手しているのです。
 また、住民票の写しの交付についても、今回新たに付け加えられた「住民票コード」以外はすべて、原則として誰でも交付を受けることができます(法12条2項)。もっとも、世帯主の氏名と続柄・本籍・選挙人名簿等々の事項については、特別に請求する必要があります(同条4項)。そして閲覧と同様に、請求の理由をいう必要があり、不当な目的に使用されるおそれがあるなら拒否されることもあります。

住基ネットは6つの情報のみを扱う!しかし……

 さて、住基ネットで流される情報は「本人確認情報」と呼ばれ、住民票に記載されている前記の内容のうち、(1)氏名、(2)生年月日、(3)性別、(4)住所、(5)住民票コード、(6)これらの変更情報、という6つの情報に限られています(法30条の5)。
 とはいっても、インターネットを通じて企業の顧客名簿が流れたり、メンテナンスの業者から住民情報が流れるなど、コンピュータやそのネットワークを通じて情報が大量に漏洩(ろうえい)することは頻繁に起こっています。もし、住基ネットでこうしたことが起こると、ほんの短時間でとんでもない量の情報が流出し、とりかえしのつかない事態となります。
 さらに、これまでも、個々の機関では、その分野に応じて、独自のコードをつけ、独自のデータを収集・整理して活用してきました。たとえば、医療の場では保険証の記号番号を通じて、図書館では図書カードナンバーを通じて、あるいは企業でも、会員番号を付けたり、電話番号に基づいて顧客の住所を管理したり……こうして行政や民間の各機関で集められた膨大なデータが、もし住基ネットとリンクされて個々人の情報としてまとめられるとたいへんなことになります。個々人の思想信条、健康状態、経済状態、私生活のすみずみまであらゆる情報を把握されるといっても過言ではないでしょう。

民間利用は一切禁止! 他人の住民票コードをきくこともダメ!

 住基ネットではこうしたことが起こらないよう、民間部門の利用を一切禁止しました。
 とくに住民票コードについては、この番号を使うと、個人の情報をまとめて容易に入手することが可能となります。そこで、日常生活において、売買・貸借・雇用など契約に際して、住民票コードを聞くことは禁止されました(法30条の43)。これに違反すると、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます。
 また、たとえ国や市町村役場においても、みだりに住民票コードを聞くことはできません。法律で認められた事務手続き上必要な場合に限定されています。さらに、住民票の写しの交付においても、原則的に住民票コードは記載されません。唯一、本人か同一世帯の者が特別に請求した場合に限って、住民票コードが記載された住民票の写しが交付されるのです。

取扱行政事務を限定、セキュリティは大丈夫!?


 そして、住基ネットを使用できる行政事務も、法律で厳密に制限されました。国は、16省庁の93の事務で利用できるにすぎません。しかも、平成14年8月5日の住基ネットスタートから1年以内に現実に活用されるものは、このうち、わずか38事務にとどまる見込みです。
 技術的にも厳密なセキュリティ措置がとられました。まず、住基ネットは専用回線で結ばれ、情報は暗号化して送信されるほか、不正侵入を防ぐためのシステム(ファイアウォール=防火壁)や侵入検知装置(IDS)も置かれています(右図参照)。最悪の事態ではネットワークの切断もありえます。さらに操作者用のカードやパスワードによって不正な操作を防止し、コンピュータの操作履歴も残されて、不正な使用がチェックできるとされています。
 もし関係職員が秘密を漏洩(ろうえい)した場合には、通常より重い罰則が適用され、2年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられます。

住基ネットは「電子政府」実現の第一歩

本人確認情報を利用・提供する事例
給付行政関係
[総務省]
 ・恩給等の支給
[国家公務員共済組合連合会等]
 ・共済年金の支給
[厚生労働省]
 ・戦傷病者遺族に係る遺族年金等の支給
 ・業務災害・通勤災害に関する保険給付
 ・求職者給付等の支給
[人事院等]
 ・公務災害・通勤災害に対する補償
[都道府県知事]
 ・児童扶養手当の支給
資格付与関係
[国土交通省または都道府県知事]
 ・不動産鑑定士の登録
 ・第一種旅行業の登録
 ・建設業の許可
 ・宅地建物取引業の免許
 ・建築士の免許
[気象庁]
 ・気象予報士の登録
[総務省]
 ・無線局の免許
[都道府県知事]
 ・一般旅券の記載事項の訂正等
 ・宅地建物取引主任者資格の登録
[市町村の選挙管理委員会等]
 ・同一都道府県の区域内に住所を移した者の
  当該都道府県選挙の選挙権の確認
 こうした多大の危険性をはらんでいるのに、しかも多額の投資が必要とされる(構築に400億円、運営に毎年190億円もかかるという)のに、どうして住基ネットは導入されたのでしょうか。
 じつは、住基ネットは、政府が提唱する「電子政府」を実現するために、その最初の布石としてつくられたものです。電子政府とは許認可事務など行政手続きをすべてインターネットで申請できるようにしようという構想です。役所に出向かずとも、ほとんどあらゆる手続きが自宅・会社のコンピュータでできるというわけです。
 そのためには、本人確認情報を「住民票」という紙ではなく、ネット上で把握するシステムが不可欠となったため導入されたわけです。したがって、現在の93事務で活用分野が納まるわけではなく、拡大されるのは必至です。実際に「小さく生んで大きく育てる」と大臣も発言しているように、国民の不安・反対を抑えるためにきわめて限定的な法律としてスタートしたにすぎません。
 現実に、早くも次の法改正が考えられており、提出されている法案では、264事務に拡大される予定です。また、同じく提出されているオンライン化法案が成立すれば、1万6000余の申請事務がオンライン化され、その際にはすべて住基ネットが利用される見込みです。

当面の市民生活の利便性にとっては……


 では、将来の電子政府はおくとして、現時点では私たちの生活は具体的にどのように便利になるのでしょうか。
 まず2003年(平成15年)8月からは、住民票の写しを、住んでいる市町村の役場に限らず、全国どの役場でも交付してもらえるようになる予定です。ただし、本人または同一世帯の者が請求した場合に限り、しかも、本籍や選挙人名簿等についての情報は記載されません(法12条の2)。
 さらに、希望者には、市町村から住民基本台帳カードが交付されることになります。これは住基ネットで扱われる「本人確認情報」が入ったカードです。ICカード(IC=集積回路チップを組み込んだカード)で新聞一枚分の情報の書き込みができるため、あいた容量については、市町村独自のアイデアで活用が可能となっています(法30条の44)。今のところ、印鑑カードや図書館カードなどとしての活用が考えられています。ただし、有料(1000円程度の見込)で、転居に伴い他の市町村に移る場合や住民票コードを変更した場合には新たに交付してもらう必要があるほか、有効期間は10年となっています。種類は、写真なしで氏名と発行市町村だけが表面に記入されたものと、表面に写真と氏名・生年月日・性別・住所が記載されたものの2種類が、希望に応じて発行される予定です。
 この住民基本台帳カードを持っていれば、他の市町村に転出する際に、役場まで転出届のために出向く必要はありません。郵便で転出届を出すことが可能となります。

プライバシー保護のための法制定が必要不可欠


 このように、今のところ、私たち市民にとっての利便性はきわめてわずかな一方、大きな不安を秘めたまま住基ネットがスタートしました。
 本来、この住基ネットの成立は、「個人情報保護法」の制定と対になって考えられてきました。しかしこの法案は、賛否が分かれ、国会において審議継続となったままです。プライバシーを保護するための法律がほとんど皆無のまま、変則的なスタートとなったわけです。
 防衛庁の中で、情報公開を請求した市民のくわしいデータが集められていたという事件を覚えていらっしゃる方も多いでしょう。現状では、それを取り締まる法律もないのです。
 このような行政の体質が続いており、しかも個人情報保護法が未だに成立していない段階で、なし崩し的に住基ネットの利用枠が拡大されるようなことがあれば、警察国家になる危険性を拭い去ることはできません。
 こうしたことを危惧した自治体のなかには、住基ネットへの不参加を表明したり(矢祭町・杉並区・国分寺市)、希望者のみの参加とする(横浜市)など、苦肉の策がとられています。
 IT社会・電子政府、それはとても便利な社会かもしれません。しかし、プライバシーの保護とどう両立させていくのか、ほんとうの議論のないところで、事態だけが進むのはきわめて危険といえましょう。          




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