いつか行く道……安心と尊厳を求めて
痴呆性老人・知的障害者を保護・支援
成年後見制度の抜本的改正
民法の一部改正・任意後見法と後見登記法の制定
平成12年4月1日施行


単なる保護にとどまらず……  21世紀の老後は?


 わが国の高齢化は他国に例を見ないスピードで進み、20年後には4人に1人が65歳以上になると推計されています。痴呆性老人も現在の約130万人から300万人へと増加が予測されます。
 こうした老人が悪徳商法や詐欺などの被害にあう事件も、すでに多発しています。しかし、現行民法ではこのような弁識能力・判断能力が極端に不十分な人を守るために「禁治産・準禁治産」制度があるものの、現実にはほとんど活用されていないのが実情でした(年間2〜3000人)。
 そこで、これからの高齢化社会を見すえて、痴呆性老人・知的障害者・精神障害者をはじめ判断能力の不十分な者を単に保護するだけでなく、(a)本人の意思を尊重し(自己決定権)、(b)残存能力を活用でき、しかも(c)これら障害者も一般生活を営みともに生きることができる社会をめざす(ノーマライゼーション)、という新たな理念を盛り込んで、新しい法制度が、平成12年4月1日よりスタートすることになりました。
この法制度は、次の3つの柱からなっています。

尊厳ある老後への支援体制を整備
  後見・保佐・補助の3制度  

 まず、民法で定められる法定後見制度について説明しましょう。
 これからは、判断能力(事理を弁識する能力)の度合いにより3つに分けられることになります(民法7〜18条)。

(1)「後見」(従来の禁治産に該当)
 重度で常に判断能力を欠く者が対象。
(2)「保佐」(従来の準禁治産)
 中度で判断能力が著しく不十分な者が対象(これまでは浪費者は準禁治産とするととくに定められていたがこの規定はなくなり、浪費者についてもその判断能力の程度で対象となるかどうかが決まる)。
(3)「補助」(新設)
 軽度で初期の痴呆など判断能力が不十分な者が対象。

 (1)〜(3)とも、本人・配偶者・4親等(いとこ・大おじ・大おばなど)以内の親族・検察官等のいずれかが家庭裁判所へ審判を申し立てます。また、身寄りのない老人を保護するため、65歳以上でとくに福祉目的で必要な者については、市町村長が審判を申し立てることができるようになりました(老人福祉法32条)。
 「後見」の場合は、日常生活に関する行為(日用品の買物などを含む)以外のあらゆる行為に後見人の同意を要し、この同意なしでなされたものについては取消しが可能となります(同意権・取消権、同9条)。とくに、財産に関するすべての法律行為については、後見人に代理権も与えられることとなります(同859条)。
保佐人に同意権・取消権が与えられる行為
(1) 元本の領収・利用
(2) 借財・保証
(3) 不動産・重要な財産に関する権利の得喪をめぐる行為
(4) 訴訟
(5) 贈与・和解・仲裁契約
(6) 相続の承諾・放棄と遺産の分割
(7) 贈与・遺贈の拒絶と負担付贈与・遺贈の受諾
(8) 新築・改築・増築・大修理
(9) 長期にわたる賃貸借
民法13条1項
 一方「保佐」では、右の表の9つの法律行為などについて、保佐人に同意権・取消権が与えられます(同12条1項)。また必要があれば、本人の同意を得たうえで、家庭裁判所が特定の法律行為について保佐人に代理権を与えることもできます(同876条の4)。
 「補助」については、まず審判そのものに本人の同意が必要です(同14条)。そして補助人には、右表の9つの行為のうち本人が同意し家庭裁判所が認めた特定の行為についてのみ、同意権・取消権が与えられるにとどまります(同16条)。代理権については保佐と同じく、必要に応じ本人の同意を得た上で家庭裁判所が特定の法律行為についてのみ与えることとなります(同876条の9)。
 この「後見人」「保佐人」「補助人」には、社会福祉法人などの法人でもなることができます。また、一人に限らず複数人であたることもできます。さらに従来は、配偶者が必ず後見人になることと定められていましたが、この規定は廃止されました。その代わり、後見等を要する人の心身・生活・財産などの具体的な状況、後見人となる人の職業・経歴(法人なら事業の種類・内容)、本人との利害関係の有無、そして後見等をされることになる人の意見など、一切を勘案して家庭裁判所は後見人等を選任すると明記されました(同843条・876条の2・876条の7)。
 後見人・保佐人・補助人になると、単なる財産管理にとどまらず、後見等を受ける本人の意思を尊重し、その心身の状態・生活の状況にも配慮する義務を負うことになります身上配慮義務、同858条等)。また、特別に規定が設けられ、被後見人らの自宅の建物・敷地について、売却する、他人に貸す、賃貸借を解除する、抵当権を設定するなどの処分行為をするには、家庭裁判所の許可を要することが定められました(同859条の3等)。
 家庭裁判所では、必要に応じて、後見人・保佐人・補助人を監督し、裁判所に定期的に報告をする「後見監督人」「保佐監督人」「補助監督人」を選任できることになっています。

「補助」「保佐」「後見」制度の概要
「補助」の審判 「保佐」の審判 「後見」の審判
対象者は? 痴呆・知的障害・精神障害等により事理を弁識する能力が不十分な者痴呆・知的障害・精神障害等により事理を弁識する能力が著しく不十分な者 痴呆・知的障害・精神障害等により事理を弁識する能力を欠く常況にある者
家庭裁判所へ
申し立てるのは?
 本人・配偶者・4親等内の親族・検察官
 任意後見受任者・任意後見人・任意後見監督人・その他(市町村長など)
「補助」については本人の同意が必要
同意権・
取消権は?
申立の範囲内で家裁が定める特定の法律行為
[本人の同意も必要]
民法12条1項各号の行為 日常生活に関する行為以外の行為
代理権は? 申立の範囲内で家裁が定める特定の法律行為
[本人の同意も必要]
申立の範囲内で家裁が定める特定の法律行為
[本人の同意も必要]
財産に関するすべての法律行為

自分の老後は自分で決めたい!!
  任意後見制度の創設  

 次に、任意後見制度について説明しましょう。
 前述の法定後見制度が、判断能力が不十分になった時点で、裁判所が法律にのっとって審判をなすのに対し、これは、あらかじめ本人がしっかり判断が下せる間に、後見人となる特定の人と、どういう世話をしてほしいかを契約しておく制度です。
 委任者は自分が信頼できる人を後見人(複数・法人も可)として予定し、あらかじめその人に、判断能力が不十分となった時点で、どんな生活を送りどんな療養看護を受け財産をどういうふうに管理してほしいかなどを伝えて、依頼することができます。
 具体的には、委任者と任意後見人になる予定の者との間で任意後見契約を結ぶことになります。これは公正証書(一定の書式がある)として作成することが要件です。さらにその中には、(a)生活・療養看護・財産管理事務のうち何を委託し代理権を与えるかが明記され、(b)家庭裁判所によって任意後見監督人が選任された時点から効力を生ずるという特約を付ける必要があります(任意後見契約に関する法律2・3条)。
 そして、いざ判断能力が不十分となった時点(民法でいう「補助」の段階)で、本人・配偶者・4親等内の親族・任意後見受任者のいずれかが、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てることになります。この際、本人が意思表示ができる限りは本人の同意が必要です。こうして監督人が選任されたときから、任意後見が開始されることになります。監督人は任意後見監督人の事務を監督し、家庭裁判所に定期的に報告します(同4・7条)。
 このように、任意後見では、法定後見と異なり、判断能力によって3段階に区別はされません。あくまで当初契約にのっとって世話が行われ、すべて任意後見・任意後見人と呼ばれます。また、法定後見では監督人は必要に応じてしか選任されませんが、任意後見では必ず監督人が選任されて、家庭裁判所が後見のあり方をチェックすることになります。
 任意後見契約は、監督人が選任されて現実に後見が始まるまでは、いつでも、どちら側からでも解除することができます(公証人の認証を受けた書面でする必要がある)。ただし、後見が開始されてからは、正当な事由があるときに限って、家庭裁判所の許可を得て契約を解除することとなります。また、任意後見人に不正な行為等があるときは、任意後見監督人・本人・親族・検察官いずれかの請求により家庭裁判所で解任することもあります(同8・9条)。
 なお、法定後見と任意後見では、任意後見契約が優先されますが、当初の契約で対応しきれないような事態が生じるなどとくに必要があるときには、後見等の審判を申し立てて法定後見に移行することも可能です(同10条)。

プライバシー保護に配慮
  戸籍に代え法務局で後見登記  

 最後に、後見登記について説明しましょう。
 従来の禁治産・準禁治産は、戸籍に記載されて管理されていました。これをプライバシー・人権保護の立場から廃止し、新たに登記制度によって管理することになったものです。
 東京法務局が、この後見登記を一括して扱っています。法定後見の場合なら後見・保佐・補助の各審判が出たときに、また任意後見ならその契約が結ばれた時点で、各登記がなされます。具体的には、家庭裁判所・公証役場から嘱託手続きがとられますので、原則として本人が登記手続きをする必要はありません(後見登記等に関する法律2・4・5条)。
 また、不動産や法人の登記事項なら、誰でも自由に証明書などをとることができますが、この後見登記については、プライバシー保護のため、本人・後見人・後見監督人・任意後見受任者・任意後見人・任意後見監督人など、限定された者のみしか登記事項証明書を交付してもらえません(同10条)。

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 平成12年4月1日からは、いよいよ介護保険もスタートします(そよ風でも次号でくわしく取り上げる予定)。介護保険は、本人が介護の中身を選択し契約するのが前提です。そのため、こうした後見制度の整備が緊急不可欠となっていました。
 すでにこれに先立って、各地の社会福祉協議会では、「地域福祉サービス利用援助事業」を開始しています。これは各人と契約を結んで、個別の支援計画を立て、その中で福祉・介護サービスについて具体的に決めたり、場合によっては預貯金や実印などを預かったり、公共料金の支払や金融機関への振込等も代理するなど多岐にわたっています(原則有料)。また、新しい後見制度の開始にあわせて、地方自治体や弁護士・司法書士などの団体も、各地で支援のための組織を創設しつつあります。
 いずれも、現在は原則として本人の経済的な負担となる、家庭裁判所など受入れ体制がまだまだできていないなど、問題は数多く残されていますが、高齢化社会を迎えて、どういう形で老後を送るのか、その支援・選択の幅がより広がったといえましょう。

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 なお今回の民法改正では、このほかに、聴覚・言語機能障害者が公正証書遺言を作成できるよう制度が改められました(969条の2)。
 従来は、公正証書遺言を行うには「口授」「口述」「読み聞かせ」が必須の条件とおり、公正証書遺言というメリットの大きい遺言方式(1)公証人に相談しながら適法な内容とできる、(2)公証人役場で証書を確実に保管してもらえる、(3)家裁の検認手続きが不要)が聴覚言語障害者には利用できなかったものです。今回の改正で、手話や筆談を用いての利用が可能となりました。なお、この改正は平成12年1月8日より施行されています。




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